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作:戯言遣いさん 「半分の月がのぼる空 the side story ~a girl like a half moon beside me~(Part B)」
灰塵に帰した数百冊に及ぶ多田コレクション唯一無二最後の生き残りにして最強(最兇)の一冊。
それが『病院のあの子』だ。
タイトルもさる事ながら、表紙の女の子は腰までじゃないけど黒の長髪、髪の左側だけ髪留め、青っぽいパジャマ、顔立ちは少しきつめで目はパッチリ、雪みたいな美白肌にB89/W63/H93のないすばでぃ、趣味は読書で好きな作家は宮沢賢治、特に『銀河鉄道の夜』がお気に入りでセリフは暗唱出来る程、好きな果物はオレンジな相葉梨花ちゃんだ。ちなみにタイトルに『あの』と付いてだけあってこのエロ本、相葉梨花ちゃんしか出て来ない。
スリーサイズを除いて、相葉梨花ちゃんと外見的特徴も内面的特徴もとてつもなくどこまでも似ている気がしなくもないんじゃないかと思う女の子が伊勢生まれ伊勢育ちの僕の数少ない知り合いの中に約一名、該当者として存在している気がするのはきっと気のせいじゃなくて気のせいだと僕が思い込みたいだけなんだろう。
…え?何でそんなに詳しいのかって?そんなの決まってるじゃないか。
「ねぇ、相葉梨花ちゃん」
僕はただ単にこの膝の上に乗っている『病院のあの子』の相葉梨花ちゃんのプロフィールページを読んだだけなんだから。
縦に裂いた上に焼いた?出来る訳無いだろ、ここまで里香そっくりな女の子が表紙の本に、そんな事。ヘタレだと笑うなら笑え。もう仲間入りさせようって気力すら起こらないからさ。
「…多田さん…何で入院しててこんなエロ本持ってられるんだよ…」
僕が焼いた多田コレクションの中に病院物(ナースとか)のエロ本が無かったのは、これがあったからなんだろうか。確かにこの一冊あったら病院物のエロ本は不要だろう。相葉梨花ちゃんは本の中で『入院中にイタズラで着てみました』って感じでナース服を着て写ってる写真が大量にある上、メインの儚げな入院姿に加えて他にも数多くの色っぽい服装(断言するけど、絶対入院患者は着ない。同じ
く入院患者の僕が言うんだから間違いない)の相葉梨花ちゃんが、総計479ページに渡ってこちらに天使の様な微笑みを向けている。
これだけ色んなコスプレしてて、何でタイトルが『病院のあの子』なんだよ。それが僕の偽らざる本音だった。まぁ、答えは『エロ本だから』で終わりそうだけど。
って言うか、こんなエロ本、コレクションの中にあったのか。焼いてる時に見た覚えが無いから、多分ダンボール箱の下の方にあったんだろうな。で、夏目がそれを見つけてちょろまかしたと。
「何でちょろまかしてるんだよ…」
医者である前にやはり男だという事だろうか。見かけが良くて腕の良い医者で収入も良くて喧嘩も強くても、所詮は男だという事なのか。男は本能とか性欲って物には勝てないって事なのか。
………真理だ…不変の真理だ…。
僕は大して高くも無い天井を仰いでそう思った。
多田さん。アンタが死ぬ間際に亜希子さんに言い残してエロ本を僕に託したのは何の為だったんだよ。単純にエロ本を捨てられたく無かっただけにしか思えないのは、亜希子さんの言う通りアンタがただのエロじじぃにしか思えないのは、僕の器が小さいからなのか?
…まさか多田さんが死んだのって、この本が里香にバレたからじゃないだろうな…。退屈で人間界にやってきた死神が退屈を紛らわしたいが為に落とした洒落にならない死のノートを使って発作を起こさせて…!
「…それは里香に借りたマンガのネタだって…」
あのマンガ面白いんだけど、正直僕の頭じゃ最近の話の展開に付いていけてないんだよな。あいつら頭良すぎだって。亜希子さんもゴチャゴチャしてきて面白くなくなってきたって言ってたし。里香はまだまだこれからだって反論してたけど。やっぱり僕は幽霊が斬れる刀持ってる死神とかエクソシストとかアメフトのマンガの方が好きだな。
「………はぁ」
今は楽しい筈のマンガすらどうでも良い…。
亜希子さん、話の後結局一言も話さないで出て行っちゃったよな。どうしたんだろ?まぁ、考えても分かる訳無いし耳栓発覚で里香の所に行く勇気も無くてする事が無いから僕はこうして相葉梨花ちゃんの笑顔を見て惚けてる訳だけど。願わくば、亜希子さんがバカ夏目をボコボコにして里香に全ての事情を説明させて冷戦を終結へと導いてくれん事を。
ごめんなさい、ヘタレの僕にはもう他力本願しかありません。
『病院のあの子』をベッド横の棚に巧妙に隠して、僕は頭から布団を被って眠る事にした。まだ昼だけど、どうせ起きてたって良い事無いんだし、ふて寝ってヤツだ。耳栓攻撃で受けた精神的ダメージのせいで疲れてるし、眠気はすぐ来るだろうし。
チラリと見た時計は、一時半。多分起きたら夕食の時間だろう。あぁ、でも今寝たら夜寝れないかな。でもまぁ、いっか。
そんな事を考えながら、僕は眠りに落ちた。
*
マスカラスの華麗なフライングクロスチョップ。
その一撃を受けた僕は、リング中央からコーナーへ吹っ飛ばされる。何とか倒れずに済んだけど、視界が揺れる。流石はマスカラス、ダメージは大きいみたいだ。
僕がもたついてる間に、マスカラスは僕の肩に座った。ちょうど、僕がマスカラスを肩車してる格好になる。マスカラスは、その逞しい右腕を真上に高々と振り上げ、僕の顔に空中元彌チョップを繰り出した。
マスカラスはいつの間にか和泉元彌になっていた。
あの妙に張りのある声で技の名前を連呼しながら空中元彌チョップを繰り出してくる。くそ、和泉元彌なんてエセプロレスラーがしゃしゃり出てくるなよ!僕はマスカラスと闘ってるんだよ、駐車違反で捕まる様なマザコンバカはお呼びじゃないんだ!
僕はプロレスを愚弄してるとしか思えないエセプロレスラーに対する内から湧き上がる怒りを込めて、足を掴んでリングに叩きつけた。情けない声で苦しげに呻く和泉元彌にそのまま跨ってマウントポジションを取り、今度は僕がチョップを繰り出す。よし、効いてるぞ、顔が苦しげに歪んで…無い?あれ?気持ちよさそうに笑ってる?痛くないのか?そんな訳無いだろ?何で?マゾ?
そう考えた瞬間、右足を掴まれてひっくり返され、今度は逆に僕がマウントポジションを取られてしまう。僕に跨ったレイザーラモンは、決めポーズと決めゼリフを悠々と披露しながら観客の大歓声に応えていた。
今度は和泉元彌からレイザーラモンになっていた。
っていうかちょっと!?レイザーラモンはマズいって!今はこんなだけどこの人、D志社大学商学部推薦入学でしかもレスリングのヘビー級学生チャンピオンの経歴なんだって!和泉元彌なんかと違って、本当の本当に強いんだよ!
しかもその実力に加えて、目の前にはレイザーラモンの売りである股間が惜しげもなく広がっている。ちょ、マジで止めて!
反撃する気力すら起こらない僕に、レイザーラモンは容赦なくチョップを打ち込んでくる。額が割れそうな位痛い。頭がぼうっとする。
しばらくチョップを受けていると、レイザーラモンが何かを叫んでいる事に気付いた。
起きろ!と。
………起きろ?
額の痛み。それとさっき以上に近寄って来た股間が、急速に僕の意識をハッキリさせていく…。
*
「もう、起きてよ裕ちゃん!」
「れ、レイザーラモン!?」
殴られた。グーだった。目の前に迫り来る股間の恐怖で目が覚め、上半身が起き上がった所に、鼻筋をえぐるグーパンを叩き込まれた。
「誰がレイザーラモンよ!」
「ちょ、ッ!?ぅお、痛、痛!?」
「誰がレイザーラモンよ!」
「み、みゆき…?おま、女の癖にグーパンって…いった…マジ痛…」
さっきまでとは違う意味でベッドの上を転げ回る。石が積まれた川が見える。まさか病院、それも病室の中で死にかけるなんて思って無かったぞ…。
「自業自得よ」
100%お前がやった事だろうが!
そう言ってやりたかったが、言ったら次はチョキが飛んでくる。みゆきの腰に載った手がチョキだから分かる。明らかに攻撃待機中だ。失明したく無い僕は、正しく賢明な判断を下した。
「…一体何の用だよ?っつーか今何時…」
二時半ちょっと過ぎだった。一時間位しか寝て無いじゃないか…。まぁ、夢のせいで疲れ果ててるし、あのまま夢を見続けてたらトラウマになる所だったから良しとしよう。
「ん」
みゆきが差し出した左手には、束になったプリントがあった(右手はまだチョキ。怖い)。
「…何、これ」
受け取りながらそう言ったが、一目見ればそれが学校を休んでる間にたまったプリントなのはすぐに分かった。
「うへぇ…お前、何でこんなの持ってくるんだよ…」
いつぞやのレポートの時と同じく、保健体育のプリントまである(保健のプリントのテーマは『葛藤』だった)。
みゆきはムッとしながら、
「だってどうせ裕ちゃん、プリント渡したってぐちゃぐちゃにして無くしちゃうじゃない。だから最初から整理して無くさない様にしてあげたのに」
「あ、いや、そういう意味で言った訳じゃなくて。…ゴメン、サンキュー」
「ん」
とりあえずでも感謝の気持ちを述べると、みゆきは意外な位あっさり引き下がった。…嫌な予感がする…。
「ところで裕ちゃん」
ほら来た。やっぱり来た。何が『ところで』だ。
「何だよ」
「何で里香が怒ってるの?」
「は?」
「何で里香が怒ってるの?」
「え、うん?いやいや、怒ってなんか無いぞ?うん、怒ってなんか無いって!ハハ、何言ってんだよ、みゆ…」
ガシッと、襟首を掴まれた。
「話しなさい」
「はい」
ヘタレ、ふぉ~~………。
*
「成る程ね…」
何とかエロ本や多田コレクションの事は僕の全能力を発揮して伏せつつ、理由を説明した。
にしても、本気にヘコむ。みゆきですら、僕の話が出た途端に里香は無視したそうだ。まさか、みゆきにまでそんな事をするとは…。
「でも、そんな理由があるならその先生から里香に言ってもらえば良いじゃない、裕ちゃんは何もしてないって」
「お前はバカ夏目を知らないからそんな事言えるんだよ…あいつがそんな事してくれる奴なら、初めからそうしてるって…」
医者の事をバカとかあいつって呼ぶ僕にみゆきは眉をひそめているが、冷戦状態の理由が理由なだけに、咎めてはこない。
「じゃあ直接病室まで行って説明すれば…」
「硬式球投げつけられた」
「………。あ、確か里香って病院の中散歩してるんだったよね!そこで話し掛ければ…」
「耳栓三つ入れて完全防音で無視された」
「………。じ、じゃあ、あの谷口さんってちょっと怖い看護婦さんに助け船出してもらえば…」
「里香は亜希子さんも無視した」
「………」
「………」
沈黙。
「裕ちゃん」
「何だよ」
「諦めよっか」
みゆきは、不自然極まりない同情の愛想笑いを浮かべていた。極寒の極地の中で仲間に『暑いな』と嘘を言って励ます時位にしか使わない様な、そんな作り笑いだった。
「………」
「あ!?ちょ、ちょっと裕ちゃん、本気で泣き出さないでよ!」
「…みゆき…」
「な、何…?」
「日本の人口って一億三千万人位だったよな?」
「え?う、うん…そうだけど…」
「その内半分は女だよな?」
「正確には男の人の方が約五百万人位多いね…」
「がーー!!」
「え?な、何?何なの!?」
「って事は俺は、彼女が100%出来ない五百万人の内の一人なんだーー!!」
「………」
もう僕が里香以外の女の子を好きになるなんて不可能なんだ…なのに…なのに…。
「もう死ぬ…死んでやる…」
窓枠に手をかけ足をかける。
「ゆ、裕ちゃん!早まらないで!」
「離せみゆき、離せーー!!」
山西、今ならお前の気持ちが理解出来る!
「裕一!」
「誰にも俺は止められない!俺は死ぬ!」
「裕一!」
………あれ?みゆきって、僕の事呼び捨てにした事あったっけ?それに声も何か違う…
「裕一!」
振り向いた。ドアが開いていた。
秋庭里香が、そこに立っていた。
To be continude….
それが『病院のあの子』だ。
タイトルもさる事ながら、表紙の女の子は腰までじゃないけど黒の長髪、髪の左側だけ髪留め、青っぽいパジャマ、顔立ちは少しきつめで目はパッチリ、雪みたいな美白肌にB89/W63/H93のないすばでぃ、趣味は読書で好きな作家は宮沢賢治、特に『銀河鉄道の夜』がお気に入りでセリフは暗唱出来る程、好きな果物はオレンジな相葉梨花ちゃんだ。ちなみにタイトルに『あの』と付いてだけあってこのエロ本、相葉梨花ちゃんしか出て来ない。
スリーサイズを除いて、相葉梨花ちゃんと外見的特徴も内面的特徴もとてつもなくどこまでも似ている気がしなくもないんじゃないかと思う女の子が伊勢生まれ伊勢育ちの僕の数少ない知り合いの中に約一名、該当者として存在している気がするのはきっと気のせいじゃなくて気のせいだと僕が思い込みたいだけなんだろう。
…え?何でそんなに詳しいのかって?そんなの決まってるじゃないか。
「ねぇ、相葉梨花ちゃん」
僕はただ単にこの膝の上に乗っている『病院のあの子』の相葉梨花ちゃんのプロフィールページを読んだだけなんだから。
縦に裂いた上に焼いた?出来る訳無いだろ、ここまで里香そっくりな女の子が表紙の本に、そんな事。ヘタレだと笑うなら笑え。もう仲間入りさせようって気力すら起こらないからさ。
「…多田さん…何で入院しててこんなエロ本持ってられるんだよ…」
僕が焼いた多田コレクションの中に病院物(ナースとか)のエロ本が無かったのは、これがあったからなんだろうか。確かにこの一冊あったら病院物のエロ本は不要だろう。相葉梨花ちゃんは本の中で『入院中にイタズラで着てみました』って感じでナース服を着て写ってる写真が大量にある上、メインの儚げな入院姿に加えて他にも数多くの色っぽい服装(断言するけど、絶対入院患者は着ない。同じ
く入院患者の僕が言うんだから間違いない)の相葉梨花ちゃんが、総計479ページに渡ってこちらに天使の様な微笑みを向けている。
これだけ色んなコスプレしてて、何でタイトルが『病院のあの子』なんだよ。それが僕の偽らざる本音だった。まぁ、答えは『エロ本だから』で終わりそうだけど。
って言うか、こんなエロ本、コレクションの中にあったのか。焼いてる時に見た覚えが無いから、多分ダンボール箱の下の方にあったんだろうな。で、夏目がそれを見つけてちょろまかしたと。
「何でちょろまかしてるんだよ…」
医者である前にやはり男だという事だろうか。見かけが良くて腕の良い医者で収入も良くて喧嘩も強くても、所詮は男だという事なのか。男は本能とか性欲って物には勝てないって事なのか。
………真理だ…不変の真理だ…。
僕は大して高くも無い天井を仰いでそう思った。
多田さん。アンタが死ぬ間際に亜希子さんに言い残してエロ本を僕に託したのは何の為だったんだよ。単純にエロ本を捨てられたく無かっただけにしか思えないのは、亜希子さんの言う通りアンタがただのエロじじぃにしか思えないのは、僕の器が小さいからなのか?
…まさか多田さんが死んだのって、この本が里香にバレたからじゃないだろうな…。退屈で人間界にやってきた死神が退屈を紛らわしたいが為に落とした洒落にならない死のノートを使って発作を起こさせて…!
「…それは里香に借りたマンガのネタだって…」
あのマンガ面白いんだけど、正直僕の頭じゃ最近の話の展開に付いていけてないんだよな。あいつら頭良すぎだって。亜希子さんもゴチャゴチャしてきて面白くなくなってきたって言ってたし。里香はまだまだこれからだって反論してたけど。やっぱり僕は幽霊が斬れる刀持ってる死神とかエクソシストとかアメフトのマンガの方が好きだな。
「………はぁ」
今は楽しい筈のマンガすらどうでも良い…。
亜希子さん、話の後結局一言も話さないで出て行っちゃったよな。どうしたんだろ?まぁ、考えても分かる訳無いし耳栓発覚で里香の所に行く勇気も無くてする事が無いから僕はこうして相葉梨花ちゃんの笑顔を見て惚けてる訳だけど。願わくば、亜希子さんがバカ夏目をボコボコにして里香に全ての事情を説明させて冷戦を終結へと導いてくれん事を。
ごめんなさい、ヘタレの僕にはもう他力本願しかありません。
『病院のあの子』をベッド横の棚に巧妙に隠して、僕は頭から布団を被って眠る事にした。まだ昼だけど、どうせ起きてたって良い事無いんだし、ふて寝ってヤツだ。耳栓攻撃で受けた精神的ダメージのせいで疲れてるし、眠気はすぐ来るだろうし。
チラリと見た時計は、一時半。多分起きたら夕食の時間だろう。あぁ、でも今寝たら夜寝れないかな。でもまぁ、いっか。
そんな事を考えながら、僕は眠りに落ちた。
*
マスカラスの華麗なフライングクロスチョップ。
その一撃を受けた僕は、リング中央からコーナーへ吹っ飛ばされる。何とか倒れずに済んだけど、視界が揺れる。流石はマスカラス、ダメージは大きいみたいだ。
僕がもたついてる間に、マスカラスは僕の肩に座った。ちょうど、僕がマスカラスを肩車してる格好になる。マスカラスは、その逞しい右腕を真上に高々と振り上げ、僕の顔に空中元彌チョップを繰り出した。
マスカラスはいつの間にか和泉元彌になっていた。
あの妙に張りのある声で技の名前を連呼しながら空中元彌チョップを繰り出してくる。くそ、和泉元彌なんてエセプロレスラーがしゃしゃり出てくるなよ!僕はマスカラスと闘ってるんだよ、駐車違反で捕まる様なマザコンバカはお呼びじゃないんだ!
僕はプロレスを愚弄してるとしか思えないエセプロレスラーに対する内から湧き上がる怒りを込めて、足を掴んでリングに叩きつけた。情けない声で苦しげに呻く和泉元彌にそのまま跨ってマウントポジションを取り、今度は僕がチョップを繰り出す。よし、効いてるぞ、顔が苦しげに歪んで…無い?あれ?気持ちよさそうに笑ってる?痛くないのか?そんな訳無いだろ?何で?マゾ?
そう考えた瞬間、右足を掴まれてひっくり返され、今度は逆に僕がマウントポジションを取られてしまう。僕に跨ったレイザーラモンは、決めポーズと決めゼリフを悠々と披露しながら観客の大歓声に応えていた。
今度は和泉元彌からレイザーラモンになっていた。
っていうかちょっと!?レイザーラモンはマズいって!今はこんなだけどこの人、D志社大学商学部推薦入学でしかもレスリングのヘビー級学生チャンピオンの経歴なんだって!和泉元彌なんかと違って、本当の本当に強いんだよ!
しかもその実力に加えて、目の前にはレイザーラモンの売りである股間が惜しげもなく広がっている。ちょ、マジで止めて!
反撃する気力すら起こらない僕に、レイザーラモンは容赦なくチョップを打ち込んでくる。額が割れそうな位痛い。頭がぼうっとする。
しばらくチョップを受けていると、レイザーラモンが何かを叫んでいる事に気付いた。
起きろ!と。
………起きろ?
額の痛み。それとさっき以上に近寄って来た股間が、急速に僕の意識をハッキリさせていく…。
*
「もう、起きてよ裕ちゃん!」
「れ、レイザーラモン!?」
殴られた。グーだった。目の前に迫り来る股間の恐怖で目が覚め、上半身が起き上がった所に、鼻筋をえぐるグーパンを叩き込まれた。
「誰がレイザーラモンよ!」
「ちょ、ッ!?ぅお、痛、痛!?」
「誰がレイザーラモンよ!」
「み、みゆき…?おま、女の癖にグーパンって…いった…マジ痛…」
さっきまでとは違う意味でベッドの上を転げ回る。石が積まれた川が見える。まさか病院、それも病室の中で死にかけるなんて思って無かったぞ…。
「自業自得よ」
100%お前がやった事だろうが!
そう言ってやりたかったが、言ったら次はチョキが飛んでくる。みゆきの腰に載った手がチョキだから分かる。明らかに攻撃待機中だ。失明したく無い僕は、正しく賢明な判断を下した。
「…一体何の用だよ?っつーか今何時…」
二時半ちょっと過ぎだった。一時間位しか寝て無いじゃないか…。まぁ、夢のせいで疲れ果ててるし、あのまま夢を見続けてたらトラウマになる所だったから良しとしよう。
「ん」
みゆきが差し出した左手には、束になったプリントがあった(右手はまだチョキ。怖い)。
「…何、これ」
受け取りながらそう言ったが、一目見ればそれが学校を休んでる間にたまったプリントなのはすぐに分かった。
「うへぇ…お前、何でこんなの持ってくるんだよ…」
いつぞやのレポートの時と同じく、保健体育のプリントまである(保健のプリントのテーマは『葛藤』だった)。
みゆきはムッとしながら、
「だってどうせ裕ちゃん、プリント渡したってぐちゃぐちゃにして無くしちゃうじゃない。だから最初から整理して無くさない様にしてあげたのに」
「あ、いや、そういう意味で言った訳じゃなくて。…ゴメン、サンキュー」
「ん」
とりあえずでも感謝の気持ちを述べると、みゆきは意外な位あっさり引き下がった。…嫌な予感がする…。
「ところで裕ちゃん」
ほら来た。やっぱり来た。何が『ところで』だ。
「何だよ」
「何で里香が怒ってるの?」
「は?」
「何で里香が怒ってるの?」
「え、うん?いやいや、怒ってなんか無いぞ?うん、怒ってなんか無いって!ハハ、何言ってんだよ、みゆ…」
ガシッと、襟首を掴まれた。
「話しなさい」
「はい」
ヘタレ、ふぉ~~………。
*
「成る程ね…」
何とかエロ本や多田コレクションの事は僕の全能力を発揮して伏せつつ、理由を説明した。
にしても、本気にヘコむ。みゆきですら、僕の話が出た途端に里香は無視したそうだ。まさか、みゆきにまでそんな事をするとは…。
「でも、そんな理由があるならその先生から里香に言ってもらえば良いじゃない、裕ちゃんは何もしてないって」
「お前はバカ夏目を知らないからそんな事言えるんだよ…あいつがそんな事してくれる奴なら、初めからそうしてるって…」
医者の事をバカとかあいつって呼ぶ僕にみゆきは眉をひそめているが、冷戦状態の理由が理由なだけに、咎めてはこない。
「じゃあ直接病室まで行って説明すれば…」
「硬式球投げつけられた」
「………。あ、確か里香って病院の中散歩してるんだったよね!そこで話し掛ければ…」
「耳栓三つ入れて完全防音で無視された」
「………。じ、じゃあ、あの谷口さんってちょっと怖い看護婦さんに助け船出してもらえば…」
「里香は亜希子さんも無視した」
「………」
「………」
沈黙。
「裕ちゃん」
「何だよ」
「諦めよっか」
みゆきは、不自然極まりない同情の愛想笑いを浮かべていた。極寒の極地の中で仲間に『暑いな』と嘘を言って励ます時位にしか使わない様な、そんな作り笑いだった。
「………」
「あ!?ちょ、ちょっと裕ちゃん、本気で泣き出さないでよ!」
「…みゆき…」
「な、何…?」
「日本の人口って一億三千万人位だったよな?」
「え?う、うん…そうだけど…」
「その内半分は女だよな?」
「正確には男の人の方が約五百万人位多いね…」
「がーー!!」
「え?な、何?何なの!?」
「って事は俺は、彼女が100%出来ない五百万人の内の一人なんだーー!!」
「………」
もう僕が里香以外の女の子を好きになるなんて不可能なんだ…なのに…なのに…。
「もう死ぬ…死んでやる…」
窓枠に手をかけ足をかける。
「ゆ、裕ちゃん!早まらないで!」
「離せみゆき、離せーー!!」
山西、今ならお前の気持ちが理解出来る!
「裕一!」
「誰にも俺は止められない!俺は死ぬ!」
「裕一!」
………あれ?みゆきって、僕の事呼び捨てにした事あったっけ?それに声も何か違う…
「裕一!」
振り向いた。ドアが開いていた。
秋庭里香が、そこに立っていた。
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