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作:ハンザイシャさん「ふたり」

「ゆ、裕一。さ、さっきの以上に変な事したら放り出すからね!」
「わ、分かってるって。何もしないっつの」
「ふ、二人きりだからって、何してもいいって分けじゃ、ないんだから」
「だから、分かってるっていってるだろ?」
「……ん、なら、よし」

事の起こりは、土曜日の夕方。里香の電話からだった。

「はい、戎崎ですけど。あら、里香ちゃん、裕一ね?ちょっと待ってて。裕一!里香ちゃんから電話よ」
 僕は自室でその声を聞いた。何だか春の夕方というのは眠くなるもので、ぼけーっとベッドの上に座っていたら、母親のそんな声が聞こえてきたのだ。
「里香から?ったく、携帯にかければいいのに」
 愚痴りながら、僕は母親から受話器を受け取った。
「もしもし、どうしたんだ?」
「あ、裕一。えっとね、その……」
「ん?何だよ。はっきりしろよ」
「……あのね、ゆ、裕一、今日、暇?」
「は?今日って、もう夕方だぞ?」
「いいから!暇、じゃないの?」
 何だかその里香の声が、ひどく弱々しく感じた。何かあったのだろうか?
「いや、暇だけど」
「じゃ、じゃあさ、裕一の家に行ってもいい?お母さん、いるんでしょ?」
「へ?母さんなら、今はいるけどもう出て行くぞ」
「なんで!」
 あまりに大声だったため、僕は受話器を耳から話した。
「親戚の法事で、明日の夕方まで帰ってこないんだよ」
「ってことは、裕一も?」
「いや、その親戚、別にそんなに親しいって分けじゃねえからさ。オレは家に残るんだよ。何でだ?」
 そう聞いた後、里香は再び口ごもった。なにやらごにょごにょといっている。
 こんなにはっきりしない里香は、正直言って珍しい。ああ、目の前にいたらどんなに可愛かっただろうか。なんて馬鹿な妄想をしていると、里香が何かを言っていた。
「……が……ないの」
「へ?なんだって?」
「だから、ママがいないの!明日の夕方まで帰ってこれないっていってたの!」
「は?ま、マジで」
「大マジよ!だから、裕一の家に行こうとしてたの!でも、迷惑……だよね」
 里香が下手に出るなんて事も、正直かなり珍しい。今まででも、手術前のときとか……ぐらいしか思いつかないな。よっぽどお母さんがいないのが堪えているのだろうか。
 それにしても「迷惑」だって?
「里香、別に迷惑なんかじゃねえって。俺がそっち行くよ」
「で、でも裕一、一日だよ?」
「分かってるって。とりあえず今から風呂入って、そっちに行くから……」
「そうじゃなくて、一日、一緒にいるんだよ?」
「え?そりゃ、そうだよな」
「……」
「ど、どうしたんだよ」
「なんでもない!それじゃ、よろしく!バカ裕一!」
 そういって、里香は電話を切った。
「……なんなんだ?」
 バカ裕一って、感謝されるならまだしも、切れられる筋合いはないだろ。まったく、あの女は。
「裕一、私そろそろ行くけど」
「ああ、鍵、いつものところにおいとくから、もし俺が帰ってなかったら」
「はいはい。それじゃ、がんばって」
 母親は、そういって出て行った。
「……何を?」
 ……女っていうのは、やっぱりよく分からないや。
「とりあえず、風呂に入るか」
 さっさと入って、里香の家に行かなきゃな。

 バカ。裕一の、バカ。二人きりなんだよ?夜もずっと一緒だし、朝だって一緒なんだよ?もしかしたら、あくまで成り行きで!お、おんなじベッドで寝るかも………………無理!
「何で、私がこんなに悩まなきゃいけないのよ、バカ裕一」
 でも、正直迷惑じゃないって言ってくれたときは、ほんとに少しだけ、嬉しかった。いや、実際は、泣いちゃう位嬉しかったけど。でも、素直になるのは、何だか負けた気がするから。
「……早く来ないかな、裕一」
 本当に、これだけは、虚勢なんて張らずに、ほんとに、そう思った。

「さて、これでいいか」
 今の心境は、さしずめヒロインを助けに行くヒーロー的な感じだろうか。いや、そんな大それたもんじゃないけどさ。そうだな、里香が庇に落とした本を、司と一緒に拾いに行ったときかな。あの時は大変だったんだよな。今は亡き多田コレクションが里香にばれちゃって、何日も口聞いてもらえなかったんだよな。泣きたくなったな、あの時は。
 風呂に入ったあと汗をかくわけにもいかない為、僕は歩いて里香の家に向かっていた。
 やっぱり春の夕方であるためまだ日は沈まないが、それでも山の間に入り込んで、空を赤く染めていた。綺麗だな、と思いながら里香の家への道のりを歩いていた。
 もう、里香と一緒に退院してから、もう一年が経ったんだよな。色々あったな、そういえば。去年の山上祭とか、張り手痛かったな~。何もぶつことないよな、ぶつことは。キスしようとしただけじゃん、しかも夏目と亜希子さんに騙されて。ぶつなら僕じゃなくて、あの二人だろ、普通。まあでも、あの里香の嬉しそうな顔が見れたんだ。結婚式のような?写真も取れたんだ。よかったじゃん、僕。最高だったね、あの笑顔は。もう一回見たいなとは思うけど、残念ながらそんな機会はない。本当に、残念なことに。
 そうこう考えてるうちに、里香の家に到着した。
 ドアの横にあるインターホンを押す。家の中から、パタパタと少し急いだような音が聞こえてきた。そんなに急ぐなよ。こけたりしたらどうする気だよ。
「裕一、い、いらっしゃい」
「おう、はいるぞ」
「う、うん」
 何だか歯切れが悪いな。ま、いっか。
「里香、晩飯どうするんだ?」
「あ、えっと、もしあれだったら、私がつくろっかなって」
「へ?マジで?体、大丈夫だろうな?」
「うん、大丈夫。裕一も知ってるでしょ、最近調子がいいって」
「ん、まあな。それじゃ、手伝えることは手伝うからな」
「うん、お願い」
「おう」
「じゃあ、まずは荷物置いてきてよ。私の部屋の床、置いといて」
「おう、わかった」
 里香に言われたとおり、僕は里香の部屋に入り、持っていた荷物を置いた。バッグの中身は一応、明日の着替えと、カメラと、漫画や小説と、その他諸々だ。
 ガシャンと言う音がしたから、一瞬驚いたが、でもこれくらいじゃ壊れないだろう。
 それにしても、女の子らしくない部屋だな、と改めて思う。ぬいぐるみなんてひとつもないし、CDなんかもまったくない。漫画なんてもってのほかなのか本棚には小説だけ。まあ、これはこれで里香らしいんだけどさ。
「裕一!遅い!何か漁ったりしてないでしょうね!」
「な、何もしてねえって!今行くよ」
「ふん、ならいいけどさ」
 まあ、漁ってはねえしな。うん。嘘じゃねえしさ。
 一階に降りると、ちょっと驚いた。学校でするように髪を縛り、エプロンなんかもつけてた。
 固まっている僕を見て、里香も少し赤くなる。咳払いをして、僕は里香の隣に立つ。
「で?何、すればいいんだ?」
「へ?あ、ええっと、じゃ、じゃあお皿出してきて。私、こっちで作っとくから」
「お、おう」
 ……THE新婚!!最高だね。いや、本気で。最高だ。ほんとに新婚だったらいいのに。
 言われたとおり、食器棚から皿を出して並べていると、後ろのほうからいい匂いからがしてきた。油の跳ねる音とかも少し聞こえるけど。
 皿を並べ終わると手持ち無沙汰になったので、里香の隣に立って料理しているのを見る。
 ひき肉を手でこねて、丸めてフライパンの上に置く。ジュウ~といういい音がして、肉が焼けていく。どうやらハンバーグのようだ。
「終わったなら、冷蔵庫からサラダだしといて。ガラスのボウルに入ってるから」
「ん、わかった」
 冷蔵庫を開けるとガラスのボウルがあった。それをテーブルの上において、ラップを取る。え~っと、生ハムサラダってやつかな?家じゃこんなもの絶対出さないからわかんないけど、サラダの上に生ハムが乗ってるから合ってるだろ。
「出したぞ」
「ありがと。じゃあ、座ってて。ハンバーグももうすぐできるから」
「おう、わかった」
 廊下側の椅子を引いて座る。言ったとおりすぐにハンバーグができたようで、里香がコンロに火を止める。
「裕一、ごめん。お皿とって」
「あ、分かった」
 皿を二つ持って、流し台の横に置く。里香が菜ばしでハンバーグを、一つのさらに二つずつ乗せていく。その上にデミグラスソースをかけて、僕がそれを机の上に置く。
「じゃ、食べよ」
「おう、そうだな」
 さっきと同じ席に座って、箸を持つ。
「あ、ご飯いる?」
「おう、そうだな。頼む」
「ん、分かった」
 里香が立ち上がって、茶碗を二つ持ち、電気釜からご飯を注ぐ。
「はい」
「おう、ありがと」
「どういたしまして」
エプロンを取って、里香は僕の向かい側に座る。僕は、まず里香の作ったハンバーグを食べる。
もぐもぐとしていると、里香が少し不安そうな顔をして僕を見てくる。そんなふうに見るなよ。恥ずかしいな、もう。
「ど、どうかな?あ、あんまり料理って、その、得意じゃなくて、その、ママから習って、まだ少ししかしてないから簡単なものしか作れなくて、その、あの」
 しどろもどろってこういうことを言うんだろうか。なんとなく頭で考えたけど、とたんに苦笑する。ああ、もう。子供かよ、こいつは。
 僕のそんな態度がむかついたのか、里香が眉を吊り上げて僕を睨む。うわ、ヤバイな。ちょっと調子乗りすぎた、っていうか、別に何もしてないけどな。
「いや、ごめん。可愛くてさ」
 って、なにいってんだ――!自分の口から出てきた言葉に驚いた。おいおい、僕はいつからこんな性格になったんだ?夏目か?夏目の影響なのか!ああ、もう。里香も赤くなってるし。僕もなんか顔が赤くなってきてる気がするぞ。暑い。かなり暑い。泣きたいくらい暑い。
「な、なんてな。うはは」
「……」
「あ、安心しろよ。ちゃんとうまいから。うん。うめえ」
 なんか言葉が変になったけど、まあいいや。
 結局、その後は一切話しをせず、うまい料理を食べ続けた。……まずった。

「じゃあ、お風呂、入ってくるから」
「おう、分かった。なんか小説でも読んどくよ」
「いいけど、他のもの触ったら、許さない。お風呂覗いたら……」
 言葉を続けないのが怖いよな。脅しだって。完全に。大体、覗けるわけないだろ。
「分かってる。分かってるって。覗いたら殺してもいい」
「殺して楽になんてさせない」
 それだけ言うと、里香は着替えを持って部屋から出て行った。つまり、死ぬより厳しいことが待ってるということですか。ああ、そうですか。
「ふ~。さて、と」
 漁るなと言われると、漁りたくなるのが人というもので。
 早速まずは、ベッドの横の棚から漁ろうと考えてみたわけで。

「はあ」
 びっくりしたな。もう。まさか裕一があんなこというとは思わなかった。誰かに影響でもされたんだろうか?それともドラマとか漫画とか?まあ、そんなこと、どうでもいいや。
 服を脱いで、お風呂場に入る。足にタイルの冷たさが直に伝わって、ちょっと声を出してしまった。湯船に浸かると、体の心まで暖まれる。気持ちいいな~なんて。一日で二番目にリラックスできる時間だろう。一番は、やっぱり寝るとき……と、まあ、あのヘタレのことを考えてるとき。今日もバカみたいに跳ね回ってたな~とか考えると、何だか安心できる。
 一番近くにいる人。ううん、違う。
 一番近くに、いてくれる人。
 嬉しくて、恥ずかしくて。でも反対に、悲しくて、儚くて。だって、私は裕一のことが好きだから。そばにいてほしいけど、でも、やっぱりしたいことはしてほしい。でも、裕一はどんなことよりも私のことを最優先に考えてくれる。だからこそ、やっぱり悲しいときがある。私のために夢を諦め、私のために人生を諦め、私のために、何もかもを諦めてくれた。なんなんだろう、もう。視界がかすんできた。誤魔化すために、お湯を顔にかける。あのバカには、泣かされてばっかりだ。
 にしても、鈍すぎる。だって、二人きりだし。そりゃ、全部はだめだよ。そういうのは、ちゃんと、だから、その、まあ、色々終わった後でって考えてる。でも、ちょっと位、例えば、あくまで例えば、キス……とかまでなら、許してやらないこともない。てゆうか、そのくらい、迫ってきてくれてもいいんじゃないの?それとも……やっぱり、胸小さいのかな?だから、裕一迫ってこないのかな?
 自分の胸を触ってみる。……あ、あるもんっ、ちゃんと!……ある、よね。少なくとも、人並みには……あ、ある!ぜったいある!
「……はあ」
 何度目かになる溜息を吐いて、小さく、バカ、と呟いた。

「やっぱ、女の子らしくねえな~」
 漁ったさ。いけないとは思いつつも漁ったさ。でも、でてきたものといえば。日記(中身は見てない。断じて)。これはまだいいほうで、まだ(僕が)見たことのない小説全集、とか、僕から没収したのであろう里香の写真、とか。そういうものしか入ってなくて、女の子なら、まあ、男も持ってるけどさ、そういう系の本とか、そういうものをまったく持っていない。もしかして興味がないんじゃ……あるいは、病院生活が長くて知らないとか?いや、それはないって。だって、多田コレクションを見たわけだし。うん。知らないわけはない。じゃあ、なぜ持ってないんだろう?
「……まあいいか。それより、なんか本でも読もう」
 立ち上がって本棚を見ると、杜子春があった。芥川龍之介の蜜柑が入っている短編小説。もう何度も見た本。里香にはじめてあったときに、嘘をついた本。ああ、あの時はかなり焦ったんだよな。まあ、おかげで今ここにいるんだろうけど。
 杜子春を取ろうとしたけど、何かがつっかえているのかなかなか抜けない。なんだろう。
「こんの……」
 無理矢理引っ張り出すと、杜子春の横に並んでいた三、四冊も一緒に出てきた。
「どわっ!」
 一冊が足に当たり、僕は後ろ向きに倒れた。函入りの本だったため、指が折れるかと思った。
「いたた……ん?何だ、これ」
 明らかに小説ではないであろう薄い雑誌のようなものを、何気なく手に取る。
そこには、多田コレクションまでは行かないにしろ、露出の多い女性の写真が……うわ。見ちゃいけないもの見ちゃったよ。やっぱり里香もこういう本持ってたりするのかよ。いや、びっくりだ。さっきまで考えてたことが目の前に出てくると、急に恥ずかしくなる。
 僕がその本を見なかったことにしようと本棚に戻そうとすると、タイミング悪く里香が部屋の中に入ってきた。
「裕一、今の音、何……」
「あ……いや、これはオレのじゃなくてだな」
 いったとたん、里香の顔が真っ赤になり、僕の顔は青くなる。
「きゃあああ!」
「うわあ!」
「バカバカバカバカ!なんで、こんな、なんで!」
「いや、なんでって、小説取ろうとしたら、これが引っかかってたみたいで、それで……」
 そのあとは、里香はその雑誌(自主規制)を抱きしめて真っ赤になって、床に座って俯いて。僕はどうしていいか分からず、とにかくこの場を何とかしなくてはと頭の中でぐるぐると何かが駆け巡っていた。
「……最低、だよね」
「へ?」
「裕一には、あんなに言ったのに、自分は、こういうの持ってるんだもん。最低だよね」
「いや、別にそんなもん。同年代のやつらだったらいくらでも持ってるだろ。現にオレだって……あ」
 しまった。今のは失言だった。これじゃあ、僕はまだそういう本を持ってますよってカミングアウトしてるようなもんじゃないか。
 しかし、里香は真っ赤な顔のまま、僕をまっすぐ見つめてきた。風呂上りであるため頬が上気して、まあ別の要因もあるだろうけど、髪もしっとりと濡れている。それがとても艶かしかった。
「ほんとに?普通なの?こういう、本、持ってるの」
「え?あ、おう。普通だって。何なら今度、クラスのやつらにでも聞いてみろって。百人に八十人は持ってるって言うぞ」
「本当に本当?」
「本当に」
「変な女だとか思わない?」
「おもわねえって。第一、オレにも前科あるわけだしさ」
「絶対?」
「ああもう!しつけえな。絶対だってば!」
「嫌いになったり、しない?」
「なんでそのくらいで。まずありえないね」
「……」
 そのあと、里香は少し俯いたまま固まった。なんとなく体が震えている気がする。ああ、もう。しょうがねえな。なんでこのくらいで泣くんだよ。まったく。
「里香、安心しろって。普通だよ」
 言いながら、僕は里香を抱きしめた。僕の胸に里香の頭が当たってそれが心地いい。シャンプーの匂いが里香の髪から漂う。いい匂いだ。砲台山で抱きしめたときとおんなじ匂い。
「ゆう……いち」
「里香。泣くなよ、これくらいで
「うるさいっ、バカ」
 バカはなくないか?この状況で。ムードとかめちゃくちゃじゃないか。まあ、里香の片手に本が握られてる時点で、ムードなんてあってないようなもんだけどな。そこで、ちょっと思ったことをつい聞いてしまった。
「やっぱ、里香もそういうことしてんのか?」
「なっ!ば、バカ!変態!」
「その本持ったまま言われてもなあ」
「……っ、うるさい、バカ!」
「うはは。今はオレのほうが有利だな」
「バカバカ、最低!」
「うはは」
 ちょっと震えた声で、里香は僕を罵倒する。それがひどく心地よかった。いや、マゾじゃないぞ、何度も言うけど。
「……裕一、その、全部はだめ、だよ」
「は?何が?」
「だ、だから、その……キ、キス、ぐらいまでなら、許す」
「……っぷ」
「な、なによ」
「ごめ、やっば、可愛すぎだろ」
 言いながら、僕は里香を強く抱きしめた。
「ひゃっ」
「あはは!やっべえって里香。可愛すぎ」
「う、うるさいうるさい!」
「あはは!じゃあ、お言葉に甘えて。里香、目、閉じろ」
「……」
 僕に言われたとおり、里香は目を閉じて上を向く。
「里香」
 言いながら、僕も唇を近づけていく。そして、唇に触れる。いつ以来だろう。
ちょっと考えたけど、結局すぐに頭が真っ白になった。柔らかい里香の唇の感触が伝わってくる。
 ふと、考えた。ここで、そう例えば、これ以上のことを迫ったら里香はどうするだろう。やっぱり拒絶する?でも、里香のすぐ横には、まあそれ系の本がある。つまり、ちょっとは、まあ、あくまで僕の予想だけど、ちょっとは里香も、期待してるんじゃないだろうか。
 恐ろしいことに、考えた瞬間、僕は行動した。
「んっ!」
 舌で里香の口をこじ開けて侵入させる。
「ちょ、ゆうい……ん」
 里香の下に自分の舌を絡ませると、しだいにぴちゃぴちゃという音がしてきた。里香は拒絶してるのか、必死に僕に舌を絡ませてくる。
「ん、うん」
 里香の口から小さい声が漏れる。それがひどく愛しく思えて、僕は強く抱きしめた。
「んう!」
 驚いたような声が漏れて、でもすぐに静かになる。
 それからしばらく舌を絡めていたけど、急に里香が僕の胸を押し返してきた。
「裕一、も、息が」
 聞いた瞬間、僕は唇を離した。少し名残惜しそうに、里香も唇を離す。
「っぷは、バカ、裕一」
「わりい」
「謝るぐらいなら、初めからしないでよ」
「うはは。わりいわりい」
「バカ」
 そのまま、僕らは黙って床に座っていた。僕は里香を強く抱きしめながら、心地いい時間を感じていた。
 少しすると、里香があくびをした。壁に掛けてある時計を見ると、もう十時過ぎだった。
「里香、もう寝るか?」
「ん、うん」
「で?俺の寝る場所は?居間?」
「……ここ……とか」
「床に?じゃあ布団を……」
「いや、家、布団ないし」
「は?」
 じゃあ、僕はどこで寝るんだ?ここの、床にじかに寝ろっていうのか?そんな馬鹿な……いや、でも、里香ならそう言いかねないしな。
「だから、一緒に、ベッドで」
「……は?」
「……もう!裕一のバカ!」
 そういうと、里香は立ち上がってベッドに向かい、布団に潜った。
「おい、里香。怒るなって。ちょっと驚いただけじゃねえかよ」
「うるさい!もう、寝るから電気消してよ!」
「里香~」
「う・る・さ・い!」
 どうやら機嫌を直してくれる気はなさそうだ。仕方なく、僕は立ち上がって電気を豆電球にした。部屋がオレンジ色の光に包まれる。
「これでいいか?」
「ん」
「で?結局俺はどこで寝るんだよ」
「……しらないっ、自分で考えなさいよ」
「……はあ、しゃーねーなー」
 いいながら、僕はベッドに歩み寄った。里香は窓のほうを向いて寝ているため表情は読み取れないけど、まあ、赤くなってんだろうな。
「入るぞ」
「……うん」
 
で、現在に至るわけで。
 里香の腰に手を回して抱き寄せ、もう片方は頭にまわして抱えるような感じにして横になった。向かい合わせで眠っているため、僕の胸に里香の息がかかる。
それが少しくすぐったかったけど、まあ、気持ちいいからいいやって感じになった。
「裕一、ほんとに何もしない?」
「だから、しないっていってるだろ?そんなに信用ならねえのかよ」
「うん」
「……なんか、あっさり言われるとダメージ受けるな」
「あはは。冗談だよ」
「いや、冗談じゃねえ」
「あはは」
「うはは」
 その後は、結局話すことがなくなったため、僕も里香も黙って目を閉じた。明日どうしようかなとか、いろんなこと考えてると眠くなってきた。急激な睡魔に、人は勝てないわけで。
 ものの五秒と経たないうちに、僕の意識は遠のいた。

「裕一?」
「スー……スー……」
「……寝ちゃった……の?」
「う……ん」
「……バカ」
 本気でバカだ、このヘタレ。ああ、もう。なんで、私が困ってるのよ。てゆうか、なんで裕一は寝れるのよ。私なんて、緊張して、その、目がギンギンしちゃってて、眠るどころじゃないんだから。
 頬を膨らませて、裕一の顔を睨み上げる。しかし、裕一は無反応。それどころか、むにゃむにゃって幸せそうに笑ってる。むかつく。むかつくけど、起こすのもちょっとかわいそうなので、裕一の胸に頭をうずめた。そのまま何もしなっていうのはちょっとつまらないから、
「裕一、寝てるんだよね。今から言う言葉、聞いてたら、許さないから」
 普段面と向かって言えない事を言うことにした。だって、恥ずかしいから。
「私は、裕一のこと、本当に大好きだからね。それだけは、絶対に嘘じゃないから」
 いってて恥ずかしくなるけど、結局裕一は聞いてないんだ。だったら、今のうちにいいたいこと言っちゃえ。
「裕一、ベランダから入ってきてくれたことあったよね。あの時、ほんとに、泣きたいくらい嬉しかったよ。チボー家の人々、裕一が私やパパの真似して私に渡してくれたとき、泣きそうになった。てゆうか、実際ちょっと泣いたよね。砲台山で二回もいってくれた言葉、私、ほんとに信じるから。あれ、嘘だったら、たぶん許さない」
 裕一は眠ってる。いま少し眉がぴくってなった気がしたけど、きっと眠ってる。うん。だから、続ける。
「それと、文化祭のとき、ほんとに驚いたんだからね。二度とあんなことしないでよ!……叩いちゃったのは、悪かったけど。でも、裕一が悪いんだからね。絶対」
 そうだ。あれは、絶対に裕一が悪い。
「……それからね、それから……あ、ありがとう。本当に、ありがとう。そばにいてくれて、ありがとう。強がりでもなんでもなくて、本当に、ありがとう」
 そう、ほんとに、強がりじゃない。
「だから、えっと……」
 ああ、もう。ほんとに恥ずかしいな。こういうの。
「ず、ずっとさ、ずっと、一緒にいようね。きっと、だよ?約束、だから」
 顔が赤くなってるのが分かる。心臓も、ちょっと激しいかな?でも、発作は起きない、と思う。だから、大丈夫。もう少し、大丈夫。
「裕一」
 名前を小さく呼んで、ちょっと体を動かして上にずる。裕一の顔がだんだん近づく。
「……大好きだよ」
 呟いて、軽くキスをする。一,二秒もしないうちに唇を離した。裕一の胸に顔をうずめて、背中に手を回す。近くにいたいから。もっと、近づいていたいから。
「ん……里香」
 起きたのかと思ったけど、ただの寝言だった。それから、強く抱きしめてくれた。それが、また嬉しくて、恥ずかしくて。だから、私も強く、裕一の体を抱きしめた。まあ、それでも全然弱いけど。
「裕一、お休み」
呟いて、目を閉じた。一人では感じることのできないような気持ちのよさを感じ、私はすぐに眠ってしまった。

COMMENTS

超GJです!!!
 ここまで里香と裕一のことをわかってる人はいないですよw
原作者でさえもほとんどやらなかった里香の内面描写もちゃんとなされてますし、なんて言うか愛のレベルが高いです。
俺はその愛にやられて、このSSの続きを18禁版で想像して抜いちゃいましたw
もう、とにかく楽しみにしていますので、データ消失に負けずにがんばってください。

こんな幸せそうな里香をかけるとは、、おぬしなかなかやるな。

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