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作:安自矢意さん「戒崎夫婦結婚目前破局事件」第2話

私は、中学の頃に1度だけ付き合ったことがある。
同じクラスでサッカー部のレギュラー。頭もそれほど悪くないし、顔も良かった。結構周りからもモテていた。でも自分はそれくらいしか知らなかった。付き合ったのは、まぁ何というか「ノリ」みたいな感じだ。
周りがほのめかすので、その場のノリで付き合うことになったのだ。勿論、そんな関係の2人が長く持つはずなどない。互いの事はほとんど知らない訳だったから、一緒に下校しても会話は弾まなかった。3週間くらいで別れた。それから、そんな関係がゴメンだから、私は他の人とは付き合わなかった。だから、付き合ってる人の感情なんて、さっぱり分からない。
 
「あ、里香先輩」
「ん、何?吉崎さん」
「さっき戒崎先輩が着ましたよ」
「裕一が?」
「はい。これ渡してくれって。」
戒崎先輩は実際はそんな事言ってない。ほとんど喋らなかったから、勝手にそう言ってた事にした。
「……そう」
私から本を受け取る里香先輩は、なんだか寂しい顔をしていた。何かの拍子で泣き出しそうな顔だった。
胸が傷んだ。
「里香先輩?」
「あ、ううん、何でもない。ありがとね」
無理矢理笑顔を作って、里香先輩は自分の席に戻っていった。

私は馬鹿だ。
大馬鹿だ。
あの時、戒崎先輩にまた後で来るよう言えば良かった。なんで私は本を取り上げたんだろう。
あぁ、本当に私は鈍感だ。
 
 
     φ
 
 
藤堂真美は、必死に笑いを堪えていた。
まさか戒崎裕一が、秋庭里香の教室に乗り込むとは思わずついついて行って様子を見ていた。心配するだけ損だった。
秋庭里香のクラスの1年は全員戒崎裕一を敵視している。
そう簡単に秋庭里香に会わせるはずがない。案の定この時も、誰かは分からないが自分の願った通りに動いてくれた。
「ふ…ふふふ……」
つい声が漏れた。端から見れば若干怪しい人物だ。それでも笑いは止まらない。
こんなに自分の復讐劇が上手くいっているのだ。堪えろと言うのが無理な話だ。
「ふふふ…あははは。」
つい声が大きくなった。通りすがりの生徒が1人こっちを見た。随分大きな体だ。不思議がってる。そりゃそうか。
さて、今日は秋庭里香と一緒に下校しなければ、とにかくあと一押しだ。その一押しが上手くいけば、自分の復讐劇は、誰に気付かれることなく完了する。
そう、誰に気付かれることなく。
 
 
    φ
 
 
「あれ?」
世古口司は不思議そうな顔をした。
壁にもたれかかって必死に笑いを堪えている生徒がいたからである。何がそんなに面白いのだろうか。ひょっとしてあれは笑っているのではなく苦しがっているのでは?そう思うと急に心配になってきた。
「どうしたの、世古口君」
水谷みゆきに声をかけられた。
「あ、いや、何でもないよ」
言いながらも、世古口司の目線はその生徒から逸れなかった。
水谷みゆきもまた、不思議そうな顔をした。
 
 
     φ
 
 
「死のう……うん、死のう……」
物騒な言葉を漏らしながら、僕は駐輪場へ足を運んだ。ブツブツと「死ぬ」だの「もうダメだ」だのと呟きながら話していた為、通りゆく人達が変な目で僕を見ていたようだが、そんな事を微塵にも気にしないで、僕はトボトボと歩き続けた

必死の作戦は吉崎多香子の存在によって失敗に終わった。でも今僕が落ち込んでいるのは実はその事じゃない。そのすぐ後の事だ。
僕が見事玉砕し、仕方なく教室に帰ろうと方向転換したところ、ちょうどその向こうから用事を終えてこっちに歩いてきた里香がいたのだ。
僕は一瞬で絶望から立ち直った。目の前に里香がいる。それだけで僕は天国にいるような気分を味わえたんだ。
しかも、周りにはいつも里香を取り巻いている1年がいない。
チャンスだった。あそこですぐ話しかければ良かったんだ。変に「無視されたらどうしよう」とかくだらない事を考えるからいけなかったんだ。僕はホント大馬鹿野郎だ。
意を決して僕は里香に話しかけようとした。でもそれは後ろの声によって阻止された。
「り……」
「お~~~い、秋庭さ~~~ん!」
呼ばれた里香は僕に見向きもせずに声の方向へ歩んでいった。
声の主は演劇部主将柿崎奈々だった。会話から察するに、演劇の打ち上げについてだったようだ。
いや、僕は別に盗み聞きしたわけじゃないぞ。放心して突っ立ってたら耳に会話が入ってきたんだ。何も考えてなかったから変に覚えてしまっただけだ。断固そうだと主張しよう。主張してもむなしいだけだけど。
「はぁ~~~~~~~……」
思い切り溜め息を吐いた。正確な数字はもう面倒くさくて分からないが、50回くらいはしただろうか。
もう一度溜め息をついて僕は俯いた顔を上に上げた。太陽は後1時間あれば完全に沈むだろう。そして月がのぼるんだ。
僕が浮かれようと、絶望しようと、世界はいつも通りに動く。残酷に時だけが過ぎていく。
「…里香………」
上を見上げたまま、僕は一言そう呟いた。


     φ


野球部1年高橋泰西は、心臓をバクバクいわせながら靴箱に隠れてそっと顔半分だけを外に覗かせていた。
別に今から引ったくりや襲撃をするわけではない。確かに彼の目の前には長い黒髪の美少女がいるが、そんな事で彼女を盗み見していた訳ではなかった。
美少女は靴箱の取っ手をつかみ、上にパカッと開けた。途端、美少女は少し驚き、周りの女子たちはキャーキャー嬉しそうに騒ぎ出した。
高橋泰西は美少女の靴箱の中にラブレターを入れていた。美少女が戒崎裕一とかいう留年野郎と別れたと聞いて以来、毎日彼女の靴箱に入れていた。先に入っていたラブレターを破り捨て、影でそっと見ているのが彼の日課となりつつあった。1度取り出した瞬間ビリビリに破り捨てられた事もあったが、それでもめげなかった。
高橋泰西は文の最後に必ず「5時半に体育館裏で待っています」と書いているのだが、今まで彼女がその場所に来たことはない。今日もいつものように来ないのだろうと半ば諦めていながら眺めていると、彼の耳を疑うような会話が耳に入った。
「あ~~、またラブレター?」
「……うん」
「ここのところ毎日だねぇ。」
「……そうだね」
「きっと向こうはぁ、秋庭さんの事がぁ、本当に好きなんだろうなぁ。」
「……そうかな?」
気のせいだろうか。高橋泰西からは美少女の顔が赤くなりつつあるように見えた。
「秋庭さんもぉ、ちゃんとぉ、その想いにぃ、答えるべきだよぉ。」
「……行った方が良いのかな?」
「真美はぁ、そう思うよぉ。」
「じゃあ……行ってみようかな、今日……」
美少女のその一言で更に周りがキャーキャーと騒ぎ出す。
高橋泰西も叫びたい気分だった。遂にあの美少女が来てくれると言うのだ。野球の試合で相手を三者凡退に抑えた時よりもこの感動は大きかった。今ここで嬉し泣きできそうなほどだ。
だが、泣いてなどいられない。現在の時刻は午後5時15分を回っていた。
1年野球部高橋泰西は、すぐさま体育館裏というホームベースに向かって走り出した。
 
 
     φ
 
 
「うおっと…」
里香の事ばかり考えてて前をよく見ていなかった僕は危なく電柱にぶつかりそうになった。運転に集中しようとしても、何気ない事ですぐ頭が里香の事を考えてしまう。その次に自分の情けなさが嫌になってくる。今日、柿崎奈々より僕が早く里香に喋りかけていれば、里香と仲直りができたかもしれなかったんだ。それを変な不安でダメにしてしまった。全く僕はアホだ。ヘタレだ。
大体柿崎奈々もなんであのタイミングで話しかけてくるんだ?僕と里香の噂は知ってるだろうに。いや知ってるから妨害するのか。

いつの間にか僕自身の自虐を思っていたはずが、柿崎奈々の愚痴になっていた。
 
でも良いじゃないか。少しくらい里香に話しかけたって。あの時僕が助けてやったというのに。

助けたというのは里香から、という意味だ。演劇部の発表が成功した次の日に柿崎奈々は里香を必死に演劇部に勧誘していた。「あなたには才能がある」なんてことを言いながら。最初は笑顔でやんわりと断っていた里香も、柿崎奈々あまりのしつこさに次第に苛立ちを隠せなくなり、今にも爆発しそうなとこを、僕が別の話に逸らして、なんとか爆弾を処理したわけだ。あの僕の行動には感謝しても
らいたいもんだ。あの後僕は里香に散々愚痴られたのだから。
独りで呟いてまた溜め息が漏れた。
里香は今何をしているのだろうか。そんな事を考えながら、なんとなく空を見上げた。
太陽が半分沈んでいた。


     φ


1年野球部高橋泰西は体育館裏でひたすら深呼吸をしていた。


あまりにも深く吸いすぎたために何度かむせた。それでも深呼吸を続けた。携帯を見てみると、05:25とデジタル表記で数字が並んでいる。
あと5分。こんな時の5分てのはとても長く感じるものだ。まだバクバクと暴れている心臓を落ち着かせるために深呼吸をした。そのついでに体をのけぞらせると、頭を体育館の壁で少し削った。あまりの痛さに頭を抱えてうずくまった。
大分痛みが引いて顔を上げると、すらりとした綺麗な2本の足があった。そのままさらに顔の角度を高くすると、その足が秋庭里香のものであることが分かった。
「わっ!あ、あ……」
高橋泰西は慌てて立ち上がり、身を2歩引いた。一方秋庭里香はオロオロしてる高橋泰西に対してどうすればいいか分からず、少し困りながら立っていた。
「え…と、あの……」
高橋泰西は口ごもった。さっきまであんなにシミュレーションしていたのに、いざ本人の目の前となると、その言葉が丸々吹っ飛んでしまう。一晩中考えていた台詞をど忘れしてしまった。しょうがなく、ストレートに言うことにした。
「秋庭先輩、好きです!付き合って下さい!!」
高橋泰西は深々と頭を下げながら叫んだ。野球の試合でもこんなに礼儀正しく頭を下げたことはない。
秋庭里香はどんな顔をしているのだろうか。喜んでいるだろうか、照れているだろうか。
そんな表情を見てみたい高橋泰西は恐る恐る顔を上げ、秋庭里香の顔色を伺った。
秋庭里香は、今にも泣きそうな顔をしていた。
自分の告白がそんなに感動的だったのだろうか。高橋泰西はそんな事を考えていると、秋庭里香の口から言葉が返ってきた。
「……バカ」
「え?」
秋庭里香も、自分同様深く頭を下げた。そして。
「…ごめんなさい」
高橋泰西への言葉が返ってきた。答えはNOだった。
顔を上げた秋庭里香は、呆然と立ち尽くしている高橋泰西に言った。
「私にはずっと一緒にいるって決めた人がいるから」

「だから……ごめんなさい」
もう一度頭を下げて、秋庭里香はその場を後にした。
残された1年野球部高橋泰西は、その後1時間近く立ち尽くしていたという。


     φ


秋庭里香は1年野球部高橋泰西に「バカ」と言ったのではない。彼女は、「ずっと一緒にいよう」と誓った人物に、「バカ」と言ったのだった。


     φ


 「そう言えば……」
ふと思い出した僕の口から、自然に言葉が漏れた。
「明日は里香の検査の日だったな……」
この前里香が言っていたのだ。こっちと病院の予定が合わなくて、平日に学校を休んで行くことになったと。
俺もついて行くよと冗談で言ったら(許可が貰えたら本当に行くつもりだったが)、「裕一は留年してるんだから学校行かないとダメ」と言いながら鞄で頭を叩かれた。ゴツゴツした里香の鞄は本当に痛かった。
「里香……」
またもや自然と言葉が漏れた。里香に「裕一」と呼んで欲しかった。
太陽は、すっかり沈んでいた。


     φ


「ただいま」
「あら、お帰りなさい」
母親と適当に会話して、秋庭里香は自分の部屋のある2階へ上がっていった。
鞄を机の上に置いて、制服のままベッドの上に寝転がった。
色々考えていると、少し視界ががぼやけてきた。慌てて目をこすり、その後鞄から本を1冊取り出し、キュッと両腕で抱え込む。
彼女の唇が「ゆういち」と動く。
次に「ばか」と、そしてまた「ゆういち」と動いた。
外はもうすっかり暗くなっていた。三日月が高くのぼっていた。


     φ


「里香、なんかあった?」
谷崎亜希子は少し心配になって秋庭里香に聞いてみた。
なんというか、普段はある里香の「オーラ」と言うか、迫力が感じられなかったからだ。
「え?なにがです?」
「裕一とだよ。またエロ本隠してたのかい?」
あくまで意地悪そうに言ったつもりだったが、予想外にも、秋庭里香は少し本気で落ち込んだ。
あぁ、ちょっとマズいことしちゃったかな。
「なんでもないですよ。」
そんな自分を見た秋庭里香は、笑顔を見せた。笑っていたけど、どことなく寂しそうな表情だった。
「秋庭さん、次の検査まで、待合室で待ってて下さ~い。」
新任の看護婦が部屋に入ってそう言った。
「あ、はい。じゃ、亜希子さん。また。」
「おぅ、ガンバんなよ。」
「何をですか?」
「あのヘタレ野郎の事だよ。」
その後2人であははと笑った。秋庭里香が少し涙を浮かべていたのを亜希子は見逃さなかった。


     φ


夜の9時をすぎた頃、僕はシャッター商店街を歩いていた。
夜中にここを歩くのも久しぶりだ。亜希子さんから里香を任されて以来、ずっとここには着ていなかった。
全く人気のないので、全てがきっちりとあるべきところに収まっているような錯覚を覚える。
里香と会ってから、その錯覚が怖くてここに来なかった。ここにいると、もう里香がこの世にいないような気がして恐かったんだ。
「里香………」
今日1日で、この名前を何度呟いただろうか。

 プルルルル♪プルルルル♪

いきなり鳴り響く音に、僕は驚いた。音の主は、僕の携帯だった。発信元は、僕のアドレス帳には載ってない番号からだった。


     φ


プルルルル……ガチャ!
『はい、もしもし……』
「お、裕一。久しぶりだねぇ」
『亜希子さん?って、なんで俺の携帯の番号知ってるんですか!?』
「細かいこと気にしてんじゃないよ。それより、あんた暇だろ?今からちょっとこっちに着な」
『はぁ?なんでですか?』
「ちょっと話がしたいんだよ。いいから来るんだ」
『でも……』
「あぁもうウダウダウダウダ!!来いっつったら来るんだよ!!!返事!!!」
『はっハイ!!』
「来なかったらぶっ殺すからね。じゃ。」

   ガチャ!!

電話を終えて谷崎亜希子は煙草に1本火をつけ、口にくわえた。
「全く、世話の焼ける2人だよ…」
煙を一気に吐いて、そう呟いた。


<続>

COMMENTS

亜希子さんがきましたよw予想してたとはいえここまでとはw経験のスクロールするボタンが何時もより3割近く速かったです。次も期待してます!早く来いデレデレフラグ!!

>私は馬鹿だ。大馬鹿だ。あの時、戒崎先輩にまた後で来るよう言えば良かった。なんで私は本を取り上げたんだろう。
あぁ、本当に私は鈍感だ。
ここ、良いですねw 吉崎多香子の良いところっていうか、憎めないところが出てます。
他にも太陽や三日月を使った情景描写が各ポイントごとに行われていたり、何人かのキャラの目線を使い分けて里香と裕一を取り巻く環境を多角的に描いていてナイスです。
俺のSSの場合は下手をすると、裕一と里香の『ボクとキミだけのセカイ』になりそうでイヤなので見習いたいところの一つですw
お次は、里香と裕一の橋渡し役である、亜希子さんの活躍に期待して待っています。

相変わらずの高いクオリティを確保していますね。
ただ1つ、高橋泰西のラブレターの結果をばらすのが早すぎたかな~?
もうちょっと引っ張って、次回まで焦らした方が良かったかも。たとえば、高橋が里香に告白した直後に、わざとこの回を終わらせてしまうとか。こういう手法は、よく漫画週刊誌などで使われていますね。その辺の読み手に対するじらせ方までマスターすると、より面白い作品になるのではないかと思いました

亜希子さん登場!!話がおもしろくなってきましたよー。

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