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作:安自矢意さん「戒崎夫婦結婚目前破局事件」第3話

秋庭里香はむくっと上半身をベッドから起こした。
検査が終わって家に帰り、そのまますぐベッドに潜った。
さっさと眠りたかった。だが眠れなかった。それもこれも戒崎裕一のせいだ。
あのヘタレがいきなり胸が小さいことをどうこう言ってくるのがいけない。
挙げ句「俺は小さい方が好きだ」だなんて「お前の胸は小さい」と言っているようなものだ。ホントにあのバカはデリカシーがない。
だからあの場で演技をした。泣き真似をして戒崎裕一を困らせようと思った。企みは上手くいった。しかし上手くいきすぎた。
まさか事態がこうも大きく発展するとは思わなかった。少しこらしめてやろうとやったことが自分の首を絞めることになった。
大体裕一も裕一だ。あの後何度か顔を会わせることがあったのに、一言も喋りかけてこない。お陰で昨日は面と向かって告白されてしまった。告白された瞬間、裕一が頭に浮かんだ。思わず「バカ」と呟いてしまった。
ボフッと音を立て秋庭里香の上半身は再びベッドに埋もれた。

もしも……

もしもだ……

戒崎裕一はまだ自分の事を怒ってて、口を開く気が全く無いのだとしたら……
考えて、急に不安になった。
さっきまでちゃんと踏みしめていたはずの地面が、急に消えてしまったような感じだ。
「……バカ」
呟いて、秋庭里香は目を閉じ、眠りに落ちた。
彼女の顔の目元から頬にかけて、水滴が流れた後があった。


     φ


「ふぅ………」
ようやく市立若葉病院の門前まで来ることができた。
今の時刻は9時半前。電話があったのが9時5分を過ぎた頃だから、20分ほど亜希子さんを待たせてしまったことになる。でもこれでも急いだ方だ。普通なら30分はかかるところを20分弱で着たんだから、誉めてほしいくらいだ。だが亜希子さんは容赦しなかった。
「遅いんだよ、このエロガキ!」
裏口の近くの壁にもたれかかっていた亜希子さんは僕を見るなりそう言いながら頭をグーで殴ってきた。そこまで力は込められていなかったが、当たりどころが(悪い意味で)良かったらしく、その後もしばらくジンジンと痺れていた。
「なんで殴るんですか!それになんですかエロガキって!」
「あぁん?」
「うっ………」
口答えした僕を、亜希子さんは恐ろしい形相で睨んできた。身長は大して変わらないはずなのに、見下ろされてるような感じだった。
「チッ、まぁ良いさ。」
そう言って亜希子さんは壁に再びもたれかかった。何が「まぁ良い」なのかよく分からなかったが、とりあえず僕も亜希子さんの隣で壁にもたれかかっておくことにした。
―しばらく無言の状態が続いた。聞こえるのは、風に揺られる木の枝の音と、亜希子さんが煙草の煙を吐く「フゥ――ッ……」っと言う音くらいだ。この変に気まずい状況をなんとかしようと、僕はどうでもいいことを口走る事にした。
「……煙草、体に悪いですよ」
「あんたに心配なんかされたくないよ。それに、私は1日7本しか吸わないって決めてるからね」
「へぇ……」
「まぁその5本目も、あんたが来るのが遅いから吸い終わっちまったよ」
なるほど、だからいきなり僕をこづいて、「まぁ良い」だったのか。なんとなくだが、理解した。
「じゃあ、それが6本目ですか」
「お陰さまで」
軽薄な言い方に少しムッとなった。
「これでも早く来た方ですよ!」
「あんまり大きな声出すんじゃないよクソガキ。こっちは仕事明けで疲れてんだ」
亜希子さんはそう言うと煙を口から一気に吐き出してまた煙草をくわえた。6本目の煙草はもう残り半分くらいに短くなっていた。
「裕一。あんたさ……」
そこまで言って亜希子さんは黙り込んでしまった。こんなに歯切れの悪い亜希子さんは珍しい。
「……なんですか?」
僕の方から問いかけてやった。すると亜希子さんは意を決したように本題へと入った。
「……里香と、なんかあっただろ?」
「……え?」
意外な問いだった。その意味を分かりきるのに5秒かかった。分かってしまうと、それは当たり前の事だった。亜希子さんが僕に用事があるなんて、里香の事くらいじゃないか。
「なんでそんな事俺に聞くんですか?」
「いや、それはさ……」
「今日の検査で、里香が何か言ったんですか?」
「そういうわけじゃないよ。ただ、今日の里香、なんだか元気が無かったからさ……」
正直驚いた。里香と亜希子さんはせいぜい4、5ヶ月間くらいの付き合いだ。それなのに顔を見ただけで里香の心情が読み取れるなんて、案外亜希子さんは看護婦にむいてるのかもしれない。
「里香……そんなに元気無かったんですか?」
「なんかさ、今にも泣き出しそうな顔してるくせに、『大丈夫です』って強がっちゃってさ。ホント、見てられないったら無かったよ」
そこまで言って亜希子さんはもう一度口から煙草を離して息を吐いた。闇に白い煙が漂い、しばらくしてすうっと消えた。あんなに白かったのに、消えるときはあっという間だった。
「んで、何?喧嘩でもしたわけ?」
煙草をくわえなおして、亜希子さんが切り出してきた。
「……別に喧嘩はしてないですよ」
あまり人には言いたくなかったが、言っておかないと亜希子さんがまた怒りそうだったし、なによりまた変な誤解になって貰うと困る(特にあの夏目の耳に入りでもしたら……)ので正直に言っておく事にした。
「じゃあ、一体何なのさ」
「里香が、自分の胸の事で悩んでたから、励まそうと思ったら、逆効果になって……」
「へぇ、あの里香が胸で……。で、あんたはなんて言ったの?」
「俺は小さい方が好きだって……」
「あんた……バカだねぇ…」
呆れ顔をされた。そんなにハッキリバカと言わなくても良いだろうに。
「俺、そんなにマズい事言いましたか?」
「当たり前だろ。里香だって立派な女の子なんだよ。彼氏がそれで良くても、やっぱ周りの目ってのを気にするもんさ。いわゆる、『お年頃』ってやつかな」
「はぁ……」
曖昧な返事で返しておいた。亜希子さんの言いたいことは分かりやすいようで意外と理解し難いもののような気がした。やっぱり女の子ってのは僕なんかの頭じゃ理解しきれないんだろうか?
「ま、そんな事言われたらそりゃ怒るだろうねぇ」
「でもその後も大変だったんですよ。里香が脱ごうとするわ、それを止めようとしたら通りすがりの女子に無理矢理脱がそうとしてるとか言われるわ、誤解を解こうとしたら里香が泣く演技して周りから変な目で見られるようになったわ、ホ
ントに里香の奴……」
そこまで言って、僕は一旦言葉を区切る事にした。抵抗はあったが、いざ色々打ち明けてみると案外楽になるもんだ。
「なるほど、それでか……」
亜希子さんは低めの声で呟いた。なんだか今日の亜希子さんは変な感じだ。いつもの、と言っても10ヶ月以上昔の亜希子さんは、こんなに歯切れが悪くはなかった。でも、こんな話をできるのは亜希子さんくらいなので、話を続ける事にした

「亜希子さん。今日の里香、元気が無かったんですよね?」
「そうみたいだったよ。里香の方もあんたと仲直り出来なくて、えらく落ち込んでんだろ」
嬉しかった。僕が里香を求めているのと同じように里香も僕を求めている。素晴らしいじゃないか。これが相思相愛と言うやつなんだろう。
だが問題がある。どうやって里香と話しかければ良いんだろうか?
里香の周りには常時他の1年がくっついてるみたいだし、僕の考え出した作戦も先日失敗に終わっている。他になにか案があるわけでもない。
考えれば考えるほど、僕の心は憂鬱になった。さっきの一瞬の有頂天気分は、一体どこへ言ったのだろう?
「亜希子さん。俺、どうしたら良いんですかね?」
「はぁ?」
素っ頓狂な言葉が返ってきたが、気にせず続けることにした。
「どうやったら里香とより戻せるんでしょう……」
「んなの、自分の思うようにやれば良いだろう?自信持っていきなよ」
「その自信がありません……」
僕は完全に顔を下に向けて、コンクリートの床を見つめた。言ってるうちに自分の情けなさが嫌になって、亜希子さんと面と向かって話せなくなったからだ。
「その気になれば、あんたなんだってできるだろ?今回だって頑張りゃなんとかなるさ」
亜希子さんの、励ましにも苛立ちにもとれる言葉が耳に入ってきた。同じような事を誰かが言ってたような気がしたが、それが誰だったか、思い出す気もおきなかった。
「そうですね。…………はぁ~~~~~……」
思わず溜め息が漏れた。それがいけなかった。亜希子さんの堪忍袋の緒を切ってしまった。


「あぁもう、イライラする!もぅ無理だ!」
そう吐き捨てて、亜希子さんはいきなり僕の胸ぐらをつかみ、ぐいと顔を近づけた。
「裕一ぃ!!」
「は、はい!」
驚いた僕はつい普通に返事をしてしまった。
「ちょっと殴らせな!」
「へ?」
次の瞬間、僕の右頬にトテツモナイ衝撃が走った。その衝撃はすでに痛みを超越していた。
ほんの一瞬、僕は気絶してしまった。


     φ


「う~~~ん……」
「世古口君?」
夕食の時から、なにやら世古口君が変に思いつめていたので、少し聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「え、いや、ちょっとね……」
全然ちょっとという顔じゃない。せっかく両親がいないということで世古口君の家で夕食を作って食べているのに、雰囲気がないと言うか、どうしても世古口君の顔にばかり気持ちがいってしまう。
「……裕一と、里香ちゃんの事なんだけどさ……」
「裕ちゃんと…里香?」
「うん、やっぱりなんとかした方が良いんじゃないかな?」
なるほど。つまり今の世古口君は、親友とその彼女が心配な訳で、自分の目の前で二人きりという状況に無駄にドキドキしてる私の事は、あまり眼中にない、ということだ。まぁそれが世古口君らしいと言えば確かにそうだ。私は世古口君のそういうところにも惹かれたんだ。
「ん~~、確かにこのままじゃやばいかもね」
「水谷さん、なんかないかな?里香ちゃんと裕一をなんとかする方法」
「え?私?」
世古口君が私に頼るのも珍しい。悩み事はなんでも一人で抱え込むタイプなのに。
「いや、僕も色々考えてるんだけどさ。なかなか良いのが浮かんでこなくって。
水谷さんは、里香ちゃんと今でもたまに喋ってるでしょ?なんか良いアイディアとかないかなぁ…とか思って」
そんな事をすぐ言われても困る。確かに里香とは最近も結構話したりしてるけど……
「う~ん、そうだなぁ……」
自分なりに考えてみた。でもなかなか急に思いつく訳もない。大体「里香ちゃんと今でもたまに喋ってる」と言われても、裕ちゃんの事について話してる訳じゃない。ほとんどがしょうもない世間話だ。
それにしても、なんで世古口君は里香は「里香ちゃん」で、私は「水谷さん」なのだろう。
本題から逸れたことを考えていると、少しイタズラしたくなってきた。
「世古口君、私のこと、名前で読んでみて」
「え?えぇ!?な、なんで!?」
世古口君の顔が真っ赤になっている。そんなに恥ずかしがらなくても良いだろうに。
「世古口君が名前で呼んでくれたら、なにか思いつくかもしれないし」
「か、関係ないよ!それとこれは!!」
「でも、私世古口君から名前で呼ばれた事ないし」
私がそう言うと、世古口君は顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。名前を呼ぶだけなのが、そんなに恥ずかしいのだろうか。
「ね、司君」
試しに言ってみた。言った後に妙な小っ恥ずかしさを感じるが、顔を真っ赤にするほどではなかった。せいぜい頬を赤らめるくらいだ。
「わ、分かったよ……み……」
そこまで言って世古口君はまた口を濁らせた。どうやら私の要求は、世古口君には少々ハードルが高かったようだ。
「みみ……みゆき……ちゃん………」
「うん、よろしい!」
言って私は世古口君に笑みを見せた。まぁ勇気を出したご褒美だ。しかし世古口君は、
「あ、で、デザート…とと、取ってくるね!」と言って台所へ非難した。顔はさらに赤みを増していて、煙が出ると言わんばかりだった。
多分5分くらいは戻って来ないだろう。
「みゆきちゃん……かぁ……」
さっきまで今日の晩ご飯のシチューが盛られていた皿の底をスプーンでなぞりながら、そう呟いた。
私と世古口君は、裕ちゃんと里香みたいにお互いを呼び捨てで呼び合えるようになるだろうか。
私はともかく世古口君はなかなか時間かかりそうだなぁ。
いつの間にかそんな思いにふけっていた。考えると、呼び捨てって結構難しいかもしれない。そんなところでも、裕ちゃんと里香は自分たちよりも遙か先にいるんだ。
「デザート、持ってきたよ」
不意に声がした。世古口君が戻ってきていた。予想より結構早かった。
「あ、それ今日家庭科室で作ってたやつ?」
「あ、うん。アイスクレープ。これ冷やしてたお陰で夕食遅くなっちゃったんだけどね」
その通りだった。今は夜の9時をとっくに過ぎている。私の家に門限はないし、一応今日は受験勉強で遅くなるとは言っておいたが、それなりに心配しているだろう。
「はい」
「あ、ありがと」
あれこれ考えているうちに、おいしそうなアイスクレープが目の前に置かれた。
家庭科室で作ったやつを、保温シートに包んで持って帰り、再冷凍したものらしい。世古口君は味が落ちていないか心配していたが、アイスとクレープがとても合っていて、十分美味しかった。


ん?

ちょっと待って。

これって学校の家庭科室で作ったんだよね?

学校の家庭科室………

「これだ!」
いきなり私が叫んだもんだから、世古口君がかなりビックリしていた。
「え?どうしたの水……み、みゆきちゃん」
あぁ、まだその呼び方してくれるんだ。ありがとう世古口君。じゃなくて、今はそんな事どうでも良い。
「これだよ世古口君!裕ちゃんと里香を仲直りさせる方法!!」


     φ


「立ちな、裕一!」
再び胸ぐらを掴まれ、僕は無理矢理立たされた。
あぁ、いつもの亜希子さんに戻ってる……いや、それ以上になってるな。
「あんた……そんな事言ってて自分が情けなくないのかい!?」
「情けないに決まってるでしょ……」
もう反抗する元気もどこかに行ってしまっていた。
「このアホタレ!里香は待ってんだよ……あんたが一言、里香に話しかければ良いだけじゃないか!!待ったって何もならないんだよ。自分から行かないと、何も始まんねぇんだよ!!!」
最後のあたりはもう男言葉になっていた。怖い感情があったが、痛みやだるさがそれを上回っていた。黙って亜希子さんの言葉を聞くことにした。
「…あんた、その花が気に入ったんだろ?自分のものにしたいんだろ!?だったら周りの邪魔な雑草が何だって言うんだ。邪魔ならむしりとっちまえば良いだろ!気の済むまで、その花が手に入りやすくなるまで!!あんたの両手は、そのため
にあるんだろうが!!!」
どこかに飛んでいた感情が、最後の一言で、僕の中に戻ってきた。

―お前の両手は、そのためにあるんだ―
夏目の一言が鮮明に蘇る。あの言葉があの時僕を行動に突き動かした1つの理由でもあった。

――そうだ……

――僕たちの両手は、何かを掴むためにあるんだ。

――そして……

――僕の両手は里香を掴むために……




 ドサッ!

「あづっ!」
亜希子さんがいきなり手を話したせいで、僕は見事に背中から床に落とされてしまった。
「痛った……」
「ここまで言って分からないようなら、もうあたしの知ったこっちゃないね。」
吸い終わった6本目の煙草を、吸い殻ケースに入れながら、亜希子さんは言った。
「明日も学校だろ?さっさと帰って寝なクソガキ」
そう吐き捨てて、亜希子さんは自分の車に乗り込み、さっさと病院から出ていった。
1人残された僕は自分の両手を眺めた。
頼りない腕だった。こんな腕で、本当に里香を掴めるのだろうか。いや、違った。そうじゃない。

掴むんだ。何が何でも、絶対に。そうだろう?
夜空を見上げた。星たちがそれぞれバラバラの輝きを放っていた。東の方に月があった。この前の三日月から、大分太くなってきていた。
あと一週間もすれば、半月になるだろう。
そんな事を考えながら、僕は立ち上がった。
僕の頭の中から、迷いは消え去っていた。


<続>

COMMENTS

すごく気になります、里香も里香でしょうが裕一も裕一ですね、鈍感なのかヘタレなのか

個人的に里香と裕一より司とみゆきの掛け合いの方に気がいってしまう始末。

GJです。
今回くらいで話しが動くかと思いましたが、まだまだ続きそうですね。楽しみにしてます。
今回の感想ですが、亜希子さんの荒療治っぷりと、司とみゆきの関係がナイスですね。
里香は……立派に里香にしてますね。
裕一は……うん、やはり良くも悪くも裕一としか言いようがないw

司w(´∀`*)隅に置けないな~
亜希子さんの役回りがこんなにも円滑とはw夏目の耳に入っても面白いんだろうなw
次回作引き続き期待してますwお疲れ様です

ふふふ、これからが楽しみだ。

祐一がんばれーーーーって言いたくなりました!

さてさてこれからどうなるのやら。

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