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作:安自矢意さん「戒崎夫婦結婚目前破局事件 第5話」

空気が重い。僕は一体何を話せば良いんだ?ちくしょう司め。不意打ちは反則だ
ろ。変な声出しちまったじゃねぇか。あぁもう。多分だけどみゆきも共犯だな。
あの二人、後でマジギレしてやる。

と、そんな若干どうでもいい事を考えながら、僕は家庭科室の扉で突っ立っていた。

目の先には僕がここ1週間ほどずっと頭の中で思い続けたその本人、里香がいる。しかも1人っきりで。
つまり、今この室内に人は2人、僕と里香しかいないわけだ。だからこそ、逆に雰囲気が悪い方向に流れているのだが。


家庭科室に入った僕は本当に破裂するんじゃないかってくらいの心臓の高まりを感じた。今まで散々求めてきた里香が、本人が、たった1人でその場に立っていたのだ。平然とできる方がおかしい。
「うぉっ!里香!?」
というなんとも間抜けな声を発した僕に、
「えっ、裕一!?」
と言う凛とした言葉が耳に入ってきたもんだから、あの時はもう死んでも良いとさえ思っていた。

ただその後が問題だった。何せ喧嘩中の2人(実際のところは誤解以外の何者でもないが)である。
よくよく考えれば、ここは修羅場になりかねないではないか。
しかも、相手はあの秋庭里香である。

以前、里香は僕を手術室に連れ込み、僕の目の前に手術用のメスを突きつけた事があった。あれは今思い出しても身震いする。
もし、下手な発言で里香の逆鱗に触れでもしたら、刃物や鈍器が十分に取り揃えてあるこの家庭科室という場所が、明日にでも殺人事件現場となるだろう。
司、もう少しマシな場所は無かったのか?

とにかく、そんな相手だ。何をするにも命がけだ。ただ仲直りするだけ。確かにそうだ。でも相手は里香だぞ。あの秋庭里香だぞ。そう簡単にできるわけないだろ。

そんな訳で、僕は何かをするわけでもなくずっとその場に立ち続けていた。
ただ、視線だけをギョロギョロと動かして、周りを確認する。
まず家庭科室全体。どうやら本当に誰もいないようだ。司も、みゆきも、当然山西もいるわけがない。嬉しいような悲しいような。
次に里香。久々に見るような気がした。学校指定のセーラー服。整った顔立ちに、ゴムを使って2つにまとめた長い髪と大きな瞳、小さい鼻。顔はこちらに向けているが、目線だけはさっきから俯いている。帰り支度を完了させているのか、近くに教科書やノートでパンパンに膨れた鞄がある。
可愛い。今すぐ近くに行って抱き締めたい。1つの荒療治としてそれも考えたが、今の里香にそんな手が通用するはずもない。きっとぶっ飛ばされる。
念の為に里香の手元を除いてみる。
包丁やフライパンといった、凶器になりえる物は近くにはない。強いて言えばゴツゴツとした彼女の鞄くらいだ。せいぜいたんこぶができるくらいで、怪我する心配はないだろう。
僕はその事に少しだけホッとした。が、結局は何も解決していない。最悪の場合、里香と一生仲直りできなくなるかもしれない。それは嫌だ。絶対に嫌だ。
でもどうすれば里香と仲直りできるんだ?全神経を脳みそに集中させて考えてみるが、案は1つしか思い浮かばなかった。
結局、僕がひたすらに「謝る」しかないわけだ。
これ以外に僕のちっぽけな頭じゃ案が浮かばなかった。
他にも色々と考えてはみたが、どれもこれも上手くいくと決定的に確信できる作戦はない。
つまり、いつもみたいに僕がヘコヘコと謝って、里香の機嫌を取り戻さなくちゃいけないわけだ。

――里香に謝るのも1週間ぶりか。――

そう考えると、やることはただひたすらに謝るだけというなんともかっこ悪くてダサい行為なのに、自然と嬉しさが込み上げてきた。

謝る。本当にただそれだけ。だけど、たったそれだけの事でも、僕は1週間、それを求め続けた。
そして今、求めていた物が自分の前にいる。
――自分からいかねぇと、何も始まらねぇんだよ!!
――あんたの両手は、そのためにあるんだろうが!!!

亜希子さんの言葉が脳裏に浮かぶ。般若のような顔の亜希子さんが拳をブンブンと振り回している。

ここで言わなくちゃ、亜希子さんに殺されるだろうな。

自然に苦笑いが顔にでてしまう。が、あまり笑ってばかりもいられない。早くしないと、里香の機嫌は下がる一方だ。


僕は意を決して、

「……なぁ……里香……」

口を開いた。


     φ


「先生、院内のタバコはあろほど駄目だって……」
「いや、だからコレはシガレットチョコで……」
「没収します!」
「あ……」
と、そんなやりとりを終え、婦長に唯一の楽しみであるタバコを奪われた夏目吾郎はふてくされながらも1枚の書類を取り出し、スラスラと達筆な英語をつづり、
「……あぁ、くそっ」
しかし10秒も持たないうちに集中力が切れ、握られてある万年筆をまじまじと見つめる。
これがタバコならどんなに良いことか。
そんな事を考えつつ、無意味だと即座に割り切り、再び書類に記入しようとして、
「珍しいですねぇ。怠慢な夏目先生が仕事ですかぁ」
今度は妙に気持ちの悪い言い回しが含まれた声に邪魔された。
谷崎亜希子が、そこにいた。
「なんだ谷崎。なんでお前がここにいる。嫌みか?」
どこぞのクソガキに似た事を言ったっけか。などと思いながら、イラついた口調で夏目は問いかける。
「いやいや、タバコなんて吸わないハズの婦長が、なぜかさっき手にタバコの箱を持ってましてねぇ。これは夏目先生に何かあったのでは?と思いましてぇ」
亜希子から感じる「ザマーミロー」とでも言いたげな雰囲気に、夏目は更に気を悪くした。
つまり、谷崎亜希子と言うこの不良看護婦は、本当に自分に嫌みを言う為だけにに来たわけだ。
ホントに嫌な女だ。
融通の効かないワガママ娘ってのも手を妬くもんだが、コイツを見ているとそれもまだマシかと思えるから不思議なものだ。
とりあえず、自分の視界から亜希子を消したい夏目は三度書類に目をやり、ペンを握る。
「用件はそれだけか?ウザったいから消えてくれ」
そう言ってペンを握った反対の手でシッシッと追い返そうとするがしかし、当の谷崎亜希子はその場を動こうとしない。顔をニヤニヤさせたまま、夏目の言葉に答える。
「いやいや、昨日の会話を盗み聞きするような人ですからねぇ。ちゃんと見張っておかないと」
夏目がピクリと言葉に反応した。
それを見た亜希子は、自慢げにフンと鼻をならす。
「聞いてたんだろ?裕一と私の会話」
「………」
夏目は答えない。目線を書類に落としたまま、右手でペンをクルクルと回している。
「ヤッパリ気になる訳?裕一と里香が」
亜希子は続ける。いつの間にか敬語では無くなっていたが、言葉にいまだ若干の含みがある。
夏目は、この女は最低だと改めて思い知った。
「外国に行ったらしばらく会えないだろうからねぇ」
「まだ決めてねぇっつってんだろ」
ようやく夏目が口を開く。亜希子に体を向け、睨みを聞かせる。
だが亜希子は動じる様子もなく、更に言葉を繋げた。
「嘘つくんじゃないよ。もう決まってるくせに」
「っ………くそっ」
図星だった。この女は性悪の癖して鋭いところがある。全く扱いにくいことこの上ない。
夏目は立ち上がり、先程まで自分が座っていた椅子を邪魔だとばかりにガンと蹴飛ばして診察室から外に出る。
「どこ行くんだい?」
「屋上だ。タバコ吸ってくる」
「さっき没収されたんじゃ……あ」
夏目の指にいつの間にか1本のタバコが挟まっている。
以前、先程と同様に婦長からタバコを没収された経験を持つ夏目吾郎苦肉の策であった。
「婦長には言うなよ。言ったらお前の事もバラしてやる」
そう言いながら、しかし亜希子の同意を聞かずに、夏目は曲がり角を曲がって、見えなくなった。


それを見送った後、谷崎亜希子はふぅとため息をつきながら壁にもたれかかる。
自分も一服したいが、まだ勤務中だ。自分は夏目吾郎の用な怠け者ではない。
「全く………男ってのはなんでみんなして……」
馬鹿なんだろうねぇ。と呟く前に、別の声に遮られた。
「谷崎ぃ!」
「は、はいっ!!」
婦長の怒鳴り声だった。
「何してんの!!早くこっちを手伝う!!」
「はいっ!今行きます!!」


新任の婦長を憎らしく思いながら、谷崎亜希子は、いそいそと声の方へ走りだした。


     φ


   ギイィ……


金属の擦れる音をたてて、思い鉄製の扉を夏目吾郎はゆっくりと開けた。
この前まで難なく開いてた記憶があったが、いつの間にかまた錆が付いたようだ。
しかし、そんなことには全く無関心な夏目は、扉を開きっぱなしにして歩き出す。
日干しされている布団やシーツをかいくぐり、手すりに右手をかけ、左手をポケットに突っ込む。
「……ん?」
しかし、探し物は白衣の左ポッケには無かった。おかしいと思い、右ポッケにも手を突っ込むが、やはりない。
「っかしいな……」
ポッケが破れている訳でもないから落としたはずもない。
じゃあどこにあるんだ?そこまで考えて、夏目はようやく思い出した。今日の昼下がり、今と同じように手すりに寄りかかって「ソレ」を使ったことを。そして、自分が「ソレ」をどこに納めたのかを。
「……お、あった」
やはり胸ポケットだった。夏目の手にズシリと重力を与え銀色に光る「ソレ」は、正方形のライターだった。
タバコを近づけ、ライターの火をつける。思うより簡単に、火は引火し、白い煙を立ち上らせた。
口にくわえ、また離して思いっきり吐き出す。やはりタバコは良いもんだ。と、夏目は改めてタバコをありがたく思った。
もう一度口にくわえ、空を見上げる。沈みかける太陽により、ほんのりと赤く染まっている。
病院の屋上からは、狭い伊勢が容易に一望できた。自分の視界、そのやや右方向にそびえる建物をジッと見つめながら、
「あのクソガキ………」

夏目はぼそりと呟いた。


     φ


「…………」
里香は答えない。予想はしていたが、本当に里香に無視された。なんかすげぇショックだ。
それでも、挫けるわけにはいかない。僕は、構わず続ける事にした。
「り、里香!え、と、その……ゴメン!」
頭を思いっきり深く下げて………とは言っても、里香は僕が口を開いた頃からクルリと反転して背中をこっちに向けているため、あまり意味はないが、ともかく僕は、本当に、本っ当にすまなそうに謝った。
その言葉に、里香の体が少しだけ揺らいだ。だけど、里香のアクションはそれだけで、き然としてそっぽを向いたままである。たった一言で里香の機嫌が元通りになるはずないのは承知の事だ。僕はその後もひたすらに謝った。

ゴメン里香俺が悪かったよ。いきなり変なこと聞いちまってさ。うん、悪いと思ってる。嘘じゃないぞ。マジゴメン。ホントゴメン。でもさ、お前胸の事悩んでただろ?毎日牛乳とか飲んでてさ。それで、気になったって言うかさ。それに、いきなり制服脱ごうとするもんだから、俺慌てちゃってさ。……って、じゃなかった。えぇとだからその……

「ゴメン里香!悪かった!だから許してくれ!!」
一気に押し留まることなく、僕は言った。気づけば、知らない内に息が切れていた。ゼーハー言うほどじゃないが、それなりに胸が苦しい。
一方の里香は、ずっとそっぽを向いていて、ロクに僕を見ようとしない。それを見て、何故か僕は思い出した。
入院中、里香に多田コレクションが見つかった時の事を。
僕がいくら謝っても、無視する里香。
僕がいくら追いかけても、逃げる里香。
僕がいくら部屋に行っても、罠を張って追い返す里香。
そして不思議なことに、あのバカ山西の言葉まで浮かんでくる。
「女なんて、他に沢山いるだろうが」
確かにそうだ。女なんて数え切れないほどにいる。30億くらいはいるはずだ。
でも、里香は他にはいない。この世界で僕と「一緒にいよう」と誓った秋庭里香は、たった1人、今僕の視界に映るただ1人しかいないんだ。
そこまで考えて、ようやく僕は自分が感じる息苦しさの理由が分かった。
恐いんだ。里香が。次に返ってくる里香の言葉が。もしかすると、里香は僕を許さないかもしれない。何も言わずに、この部屋を出て行くかもしれない。不安なんだ。だから、こんなに息が苦しいんだ。

里香が口を開く様子は依然としてない。この互いに無言の状況は、僕にとっては生殺し以外の何でもなかった。
沈黙がひたすらに続く。チラリと時計をのぞき込むと、僕が家庭科室に入ってまだ10分も経っていない事が分かった。けど、一向に里香は沈黙を破りそうにない。
仕方ない。もう一回謝るか。こうなったら当たって砕けろだ。延々と謝り続けてやる。プライド?ないね。とっくにない。里香にパシられるよりは、全然マシさ。

「里香、本当にご……」
「裕一」
僕の言葉は、透き通った声に遮られた。里香が、僕を呼んだ。僕に、呼びかけたんだ。
「裕一、『そんなくだらない事言うためだけに』、ここに来たの?」
「えっ?」
開いてあった窓から、一陣の風が吹いた。
里香のさらさらした髪が、風に乗って、優雅に舞った。


<続>

COMMENTS

ひんやりした空気 わくわく&ひんやり

原作再現度高い夏目先生カコヨスwww
最後のシーン、里香の出してる雰囲気が凄く良いです!GJ!
そういや、藤堂の伏線はまだ消化されてないですな。続きを待ちます。

 内容が良いだけに、途中の「祐一」という些細な変換ミスは勿体無いと感じました。
 まだ、すんなりと話が終わりそうにないので、次の話が楽しみです。

アニメ版の裕一が紛れ込んでいると聞いてやってきました。報告を受け、修正しました。

あらまー

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