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作:安自矢意さん『君と僕とコタツと蕎麦と』

『では白組の次の方にいってみましょー!……』
 テレビの中で30歳後半程度の人気男性芸能人が、司会進行として声を張り上げる。
 ワーワーという歓声と共にカメラの映している場所が瞬時に変わり、タキシードをまとった――名前は忘れてしまった、と言うか顔も知らない――初老の男性が、あまり拳をきかせない静かな感じの演歌を歌い始めた。
「…………」
「…………」
 歌い終わって観客からの拍手を受けながらステージを退場する初老男性。それと入れ替わりで、ド派手な着物を着たこれまた少々年を重ねたと見える女性――勿論名前なんて僕が知るはずもない――が壇上に立ち、女性特有の高音で先程とはまた別ベクトルな雰囲気の演歌を歌い出した。後ろに10歳前後に見える子供たちがズラリと2列に並び、合唱コーラスを行っている。
「…………」
「…………」
 …………気まずい。いくらなんでも気まずすぎる。
 僕はこの状況をどうにかしようと模索すると同時に、自分が今なんでこんな状況に置かれているのかを思い出す為に、記憶を幾日か前にさかのぼる事にした。
 
 
     φ
 
 
「ねぇ、裕一」
「ん?なんだよ」
 部屋で自分の机に備えつけられてある椅子に座っていると、突然後ろから、凛としたソプラノの声が聞こえて、僕は振り返った。
 振り向いた先にある僕のベッドの上には、里香が座っている。なんというか、これほどまで「ちょこん」と言う擬音語がピッタリ当てはまる絵を、僕は今まで見たことがない。里香は小柄で、それほど大きくはない僕のベッドがいつもより1.3倍増しで巨大に見える。
「えっとね、その……」
 噛みしめるように、里香は喋る。顔が俯き加減で長い髪がかかっているから、彼女の表情を読み取ることは難しい。両手には5分くらい前に僕が入れて持ってきたミルクコーヒーの入ったカップが握られていて、視線はどうやらそこに当てているようだった。
「裕一って、明後日は、暇?」
「明後日?」
「うん、明後日」
 今日が12月の29日だから、明後日は12月31日。世間で、大晦日と呼ばれている日だ。
「……予定は特にないな。うん、暇だけど」
「ホントに?本当に、予定はない?」
 俯いた顔を上げ、こっちを見つめて里香は言う。
「う、うん。ないけど……」
 慌てたような声に少ししどろもどろになりながらも、僕は答えた。
 僕の返答を聞いた里香は「そっか、ないか……」と小さく呟いて、再び視線をミルクコーヒーに落とし、そのまま黙ってしまった。
「…………」
「…………」
――チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……
 部屋あるアナログ式の壁掛け時計が刻々と時を刻む。
 それは、普段会話をしているときはまったく聞こえず、まったく気にならない。だけど、静寂の中で1度その音を聞くと、それにばかり気を取られてしまう、そんな不思議な音だ。
「………じゃあさ、裕一」
「ん?」
 何十秒か待って、里香は視線を落としたまま、ようやく口を開いた。
「大晦日にね?良かったら、その、夕方ぐらいから、家に来ない?」
「…………」
しばらく、空いた口が塞がらなかった。
「…………裕一?」
 里香が顔を上げて心配そうに僕の顔を見つめる(少なくとも僕にはそう見えた)。彼女の頬、と言うか顔全体はほんのりと赤みを帯びていて、瞳は潤んで濡れている。
 いつもは「可愛い」と言う印象が強い里香が、この時は艶っぽい「綺麗」な面影を見せていた。表情も、喜怒哀楽がハッキリとするいつもとは違って、いろんな感情が混ざり合った、不安定なものだった。
「ねぇ、裕一?」
 もう一度里香に名前を呼ばれて、僕はようやく我に返った。
「……本気で言ってるのか?それ」
 なにしろ相手はあの秋庭里香である。僕をその気にさせておいて、最後の最後で「なんてね」とか笑いながら言う可能性は十二分にあるわけだ。とは思うものの、里香の「家に来ない?」の一言が僕にどれほどの驚きと喜びと焦りを生み出したかなどは勿論言うまでもなく、今この瞬間も心臓が1秒あたり約7回は脈を打っている自信がある。
――落ち着け。落ち着くんだ自分。そうだ。こんな時は素数を数えると良いって山西が言ってたっけ?よし、1,3,5,7,9,11,13………
 と、21まで数えたところでコレは素数じゃなくて奇数じゃないかということと、里香の頬が心なしか膨らんでる、つまりは怒っているように見えることに気付いたのはほぼ同時だった。
「裕一、それ、どういう意味?」
 いや、「怒っているように」じゃなくて、完全に怒っている。頬の赤らみや瞳の潤みとかはさっきと変わらないけど、目尻が若干つり上がって口を真一文字に結んでいるあたり、里香はご立腹のようだ。そんな状態の彼女に「からかってるのかなと思って」などと言えるほど僕は肝は据わっていない。
「…そう、分かった。裕一は私の家に行きたくないんだね」
 そう言って里香はぷいっとそっぽを向いた。それは、どこか子供ってぽさを感じるいつもの里香らしい仕草だった。
「な、なんでそんな風になるんだよ!」
 既に返り討ちに会うことがなんとなく目に見えてるけど、それでもとりあえず反論してみる。
「だって裕一は、私が嘘をついてると思ってるんだよね?」
「い、いや、それは……」
「私のせっかくの誠意を、裕一は踏みにじろうとしてるんだよね―?」
「踏みにじろうだなんてそんな……」
「私たち、もうやっていけないのよ。う……ひくっ……」
 流石は助っ人演劇部。艶っぽい声で泣き真似までしてみせた。
「いや、だから里香、少しは俺の話を聞けって!確かにあんなコト言ったのは謝るけど、里香の家にはその、是非ともお邪魔したいと言うか……って里香?」
「………」
 里香は僕の話に聞く耳持たずで、部屋の本棚の一角を見ているようだった。彼女の視線を追ってみると、そこにあったのは漫画と漫画の間に挟まれ、角だけが少しはみ出た茶色い封筒。
「………なんだろコレ……」
「ちょっ、里香っ、おまっ……」
 なんだろうもなにも、里香が今まさに中身を確認しようとしてるのはオリジナル戎崎コレクション(Ver.この封筒?大学の資料ですが何か?)じゃないか。その中身が里香にバレた時には、それこそ「僕たち、もうやっていけないんだよ、う……ひくっ……」となってしまう。それだけは絶対に阻止しないと……!
「り、里香っ!」
「え?ひゃっ……」
 気づけば、僕の手は茶色い封筒に伸びていた里香の手を掴んでいた。掴まれた里香の方は、僕のいきなりの行動に呆気に取られてようで、抵抗らしい抵抗を行わない。が、その無抵抗がいけなかったらしく、慌てて里香を止めた僕は、勢い余ってそのまま………
 
 ぼすっ…!
 
 ベッド、と言うか、正確にはその上に敷いてある布団と毛布が音を上げる。里香が倒れ込んだからだ。勿論、彼女の右手首を掴んでいた僕も、つられてベッドへ引き込まれたけど、こちらは利き腕が自由だったおかげでなんとか倒れ込まずに済み、四つん這いでなんとか耐えた。
 が、なにぶん耐えた場所がいけなかった。ベッドに里香が倒れ、更にそこに僕が四つん這いで覆い被さっている。 それは端から見ると、まるで彼氏彼女が互いをもっとよく知るために今にも交わらんとしているようにも確かに、と言うよりも、そういう状況にしか見えない。
「…里香………」
「………裕一…」
「…………」
「…………」
 が、勘違いしないでほしい。僕が里香とこんな体勢になっているのはあくまで里香の興味をオリジナル戎崎コレクション(Ver.この以下略)から逸らす為であり、決して里香とその……いたそうとか、やっちゃおうとか、そういうやましい感情があったからじゃない。故に………
 
「里香………」
「……裕一?」
「……大晦日、喜んでそちらにお邪魔させて頂きます……!」
「…………」
 
故に、僕は里香にグーで殴られた。
 
 
     φ
 
 
 で、僕はその言葉通り、大晦日に里香の家にやってきたわけだ。
 当たり前だけど、里香の家には僕らの他に里香のお母さんがいて、今は台所で料理を作っている。グツグツと何かを茹でている音に混じって鼻歌が聞こえてくるあたり、あっちはそれなりに楽しんでいるみたいだ。
『~ハイ、どうもありがとうございましたー!いや~、良かったですね~~』
 テレビから聞こえる司会進行の声。色々と考えていた間に、もう何組か歌い終えてしまったようだ。
「…………」
 チラリと里香の方に目線を動かす。コタツに入ってテレビを凝視している里香の横顔からはいつもの暴虐武人っぷりは微塵も感じられなくて、つい2日前におもいっきり殴られたことさえも信じられなくなってくる。
 キュッと閉じた小さな口とか、微量に朱に染まっている頬とか、クルリと大きな瞳とか、長い漆黒の髪とか。ホント、大人しい時の里香はすっげぇ可愛いんだ。いや、もちろん怒ったり笑ったりしてる里香も十分可愛いんだけど、しとやかさがプラスされた分愛おしさも増すというか、って僕は何を考えてるんだ?
「ん?裕一、どうしたの?」
 と、僕の視線に気づいた里香が怪訝な表情でこちらに話しかけてきた。「なんでもないよ」と僕が慌て気味に答えると、「そう?そう……」とだけ言ってテレビに顔を向けてしまい、再びの沈黙。

 気まずい。ヒジョーに気まずい。なんとかしないと、とは思うんだけど、悲しいことに何をどうすれば良いのか皆目見当がつかない。なんでも良いから、何か、何か話題を……


「2人ともー、おそばが出来たわよー」
 
 湯気の立つお椀を乗せたお盆を持って台所から出てきた里香のお母さんの背後に後光が見えたのは、言うまでもないだろう?


 
 
     φ
 
 
 ズズズズズ…
「お、美味いなこの年越しそば。うん、マジ美味い」
 シュ…チュルッ…
「(んく)、そりゃお母さんの手作りだもん。美味しいに決まってるじゃない」
 ジュズズズズ…
「(んぐ)、いや、そーゆー料理の腕って言うのかな、それももちろん良いんだけど、いつも食ってるヤツとは味が違うからさ、なんか新鮮って言うか……」
 チュルチュル、チュ…
「(ぅん)、それって、裕一の家とは味つけ方が違うって事?」
 ジュルルルル…
「俺の家とは、って言うか、伊勢の味のつけ方とは違うって言った方が良いかな。まぁ、コッチが特殊なんだろうけど」
 チュチュ、チュルッ…
「(くん)、へぇ…ちょっと食べてみたいかも」
 ズズズギュズ、
「ぅげほっ、やべ、ちょっとむせた……。今度司に頼んでみたらどうだ?アイツなら、すぐ作ってくれるよ」
 チュルチュル、チュ、
「(んむ)、あ……ぷっ」
「な、なんだよ、いきなり吹き出したりして」
「裕一、鼻。麺が出てる」
「え?……うわっ、マジだ!気づかなかった……」
「ぷくく…あははは!ダメだ、はは、ガマンできない、あははははは!」
「な、そんなに笑うことないだろ!ああもう、里香、ティッシュないか!?1枚くれ!」
「あはははは、ごめ、ごめん、ははは、でもやっぱり、おかし、あははははは!

「良いから!笑って良いから早くティッひゅ、あ、くしゃみ出、んぶえっぐじっ!!」
「わ、汚い」
「露骨に嫌がるな!」
「冗談冗談。はいティッシュ」
「む……」
 ビュヂュジジジ…
「やっぱり汚い」
「……お前なぁ………」
「あははは、ふあ、ぁ~~……、んむ」
「ん、なんだ、眠いのか?じゃあ俺帰…」
「いい。まだ起きてる。裕一もココにいて」
「お?お、おう」

 会話が弾んだところで、僕はふと思った。
 ――間違いない。里香のお母さんは神様だ。
 
 
     φ
 
 
『……さて、次の方に歌って頂きましょう!……さんで……』
 もう何人の歌手がステージに立っただろうか。番組は終わるようなそぶりを微塵も見せず、司会進行役の男性もいまだ元気そうだ。コッチは早くも1人、睡魔に負けて脱落したと言うのに。「……すぅ……んむ……」
 耳に入る寝息がどうしても気になってしまい、僕はコタツの向かい方を見た。
ソコにはもちろん里香がいる。ただし、つい少し前から死んだように熟睡しているのだけれど。
 里香のお母さんが作ってくれた年越しそばを食べ終わった頃から、里香はその小さな口であくびを連発し始めた。もともとよく夜更かしするタイプではないみたいだし――事実、入院中の里香は消灯時間になるとすぐにベッドに横になって、本を読んだりしている内にサッサと寝てしまっているらしかった(亜希子さん調べ)。――、食後と言うものは自然に睡魔が襲ってくるものだ。涙がチラつくくらいの大きなあくびも2、3度していたし、首が縦にカックンカックン揺れていたりもした。そのたびに僕は、「俺帰るから、里香も部屋で寝ろ」と言ってみるのだが、返ってくる言葉は「帰らなくていい。起きてるから」の一辺倒。このままじゃらちがあかないな、と思った僕が少し妥協して、「里香、しばらく寝とけ。俺はずっとここにいるから」と言った瞬間、「んにゅ」というイエスともノーともとりがたい返答をして、そのままコタツに突っ伏し眠り出したのが20分前。そこから今に至るのだけれど。
――カッ、カッ、カッ、カッ……

 静寂の中、部屋の壁にかけられている時計が、刻々と時を刻んでいる。その度に聞こえる小さな音は、普段の生活では決して聞こえない、1度聞けば耳から離れない困った音だ。

――それなのに、

「…ん…ぁ…すぅ……」
 そんな音を忘れ去ってしまうほどに、里香の寝息がクリアに聞こえてくるのは何故だろう。今では、大して興味の湧かないテレビ番組の音よりもハッキリクッキリ伝わってくるほどだ。
「……いっ…………、…み…か………」
 夢を見ているのだろうか。たまに里香の口から会話をしているような言葉が切れ切れだけど漏れている。さっきなんて「ばか」なんて罵倒すら言っていた。まさか、僕に向けて言ったんじゃないだろうか……。
 そっともう一度、里香の寝顔を覗き見る。別に寝ているんだから堂々と見たってなんら問題があるわけじゃないけど、それでも「まさか里香起きてるんじゃ……」という考えが脳裏によぎってしまってつい警戒してしまうのだ。
 里香はグッスリと眠っていた。口からちょっと――ホントにほんのちょっぴりだけ――よだれが垂れているから間違いない。僕の心配は無駄だったわけだ。
 改めてまじまじと見てみるけれど、里香の顔は本当に整っている。顔色も入院中と違って健康そのものだし、こうやって見ていると本当に人形みたいだ。
 ふと、変な衝動に駆られる。長い間凝視していたからだろうか、

 ――僕は無性に里香の頬をつつきたくなってきた。

 当たり前だけど、もしつついてる時に里香が起きようものなら、きっと「……変態」と冷たい一言で切り捨てられるに決まっている。――そう、それが分かっているハズなのに、僕の右手は無意識に里香の顔近くまで伸びていた。
(わ、や、やめ……)
 脳の1部――パーセンテージで表すと3%くらい――が必死に制止させようとするも、抵抗むなしく手はグングンと里香の頬へ迫っていく。

 ――人差し指の先が目標まであと1.5cm――そこまできた時だった。

「…ん……ゆう、いち……」

 自分でも唖然とするするぐらいの驚異的スピードで僕の手は引っ込んでいった。
「お、起きた………?」
「んに………くぅ……」
 恐る恐る声をかけてみる。が、返ってくるのはすぅすぅという寝息だけ。さっき僕の名前を呼んだのは、どうやら寝言らしい。

――寿命の縮む寝言なんて初めてだ――

 ふぅ、と1つ溜め息を吐く。どうやら里香は、たとえ自分が熟睡していようとも僕に頬を触らせるつもりはないらしい。ここは口惜しいけれど、諦めるしかないようだ。
 里香の気持ちよさげな寝顔にほんの少しの疎ましさを覚えながら、仕方なしにテレビでも見ておこうかと思った、その時だった。

 プルルルルル♪プルルルルル♪

 初期登録されていそうなシンプルな着信音。僕の携帯から発せられたものだった。
 携帯を開き、ディスプレイに表記されている通話相手の名前を確認する。


――山西 保


 うわ、大晦日に2番目に聞きたくない名前じゃないか。

 ――ちなみに、僕が大晦日に1番聞きたくないのは「夏目 吾郎」という名前だったりする。


     φ


「夏目先生、あの……」
「ぶえぇっくしょぃ!!」
「あら、風邪ですか?夜は意外と冷えますから、気をつけてくださいね?」
「あぁいや、大丈夫だ。きっと誰かが俺の陰口でも叩いたんだろ。で、なんか用事があって来たんだろ?」
「え?あぁ、そうでしたそうでした。今、東にいる谷崎先輩が夏目先生を呼んでるんです。それを、お伝えに」


 谷崎 亜希子。よりによって、大晦日に2番目に聞きたくない名前じゃないか。

 ――ちなみに、大晦日に1番聞きたくないのは勿論、「戎崎 裕一」という名前だ。


     φ


「っぃっっぐじ!!」
『なんだよ、お前風邪か?まったく、自己管理ぐらいちゃんとしとけよ』
「お前に言われたくない。ってか、このくしゃみはさっきそば食ってた時に麺が鼻に入ったからだよ」
「うわ、汚ったねぇ」
「露骨に嫌がるな。ったく……で、なんの用だよ?こんな時間に」
 未だむずかゆさが残る鼻をすすりながら、僕は本題に移ることにした。すると山西は、
『馬鹿、こんな時間だからこそだよ。今からさ、初詣に行こうぜ』
 と言いだしたのだ。
「はぁ?初詣?」
 つい4日前までは学校があって、山西とも何度か顔を合わせていたけど、そんな話は1度も聞いていない。きっとコイツのことだから、今さっき思いついたばっかりのアイデアなんだろうな。
 僕は溜め息を吐きながら、一応の確認を取ってみた。
「……そんな約束したっけ?」
『いや、まったく』
 やっぱり。
「……俺が先約があるって言ったら、お前どうする?」
『そりゃ困る。なんとか断ってくれよ』
 ムチャ言うなよ、アホ山西。
「俺なんかがいなくったって、他の奴らと行けば良いじゃないか」
『馬鹿野郎。お前が来ないって事は、里香ちゃんも来ないってコトじゃねえか。
そんなんでクソ寒い中初詣に行く意味なんてねーよ』
 なるほど、本来の目的はそっちか。僕はオマケ程度なわけだ。
 どう口答えしてもアホの山西には無駄だと理解した僕の口から、また溜め息が漏れた。
 まぁ確かに、初詣に行くという考え自体は賛成しても良い。ただ、この年の瀬に山西の顔を見るのにあまり気乗りがしないのだ。それに、せっかく大晦日に里香の家に誘われているんだから、このまま二人きりで━━実際は三人だけど━━来年を迎えたいと言うのも大いにある。

 さて、どうしよう………。少し考えると、解決への糸口は案外簡単に見つかった。

 ━━ここはやっぱり、里香の意見を聞いた上で検討しよう。


「山西」
『ん?』
「その初詣には、お前の他に誰が来るんだ?」
『他にか?一応世古口と水谷は連絡とって行くことになってるぜ』
 司とみゆきか。なら、いつものメンバーってことになるな。
「ちょっと待ってろ。里香に初詣に行くかどうか聞いてみるから」
『おぉ!マジで!?』
「あぁ、聞いてやる。けど、里香が行かないって行ったら諦めろよな」
『モチロン!そんときゃお前も来なくて良いぞ』
「言われなくても行かねえ」
『ウハハ、冗談だって。んじゃあ、里香ちゃんからOK貰ったらまた後で俺の携帯に……』
「いや、電話は切らなくて良いぞ」
『……は?』
「だから、ちょっと待ってろって。今から直接聞いてみるから」
『……オイ戎崎』
「何だよ」
『…お前今どこにいるんだ?』
 そう僕に問いただす山西の声は、何故か少し震えていた。
「どこって、里香の家だけど」
『……………』
 急に声が聞こえなくなる。かすかに『ぇ、ぁ…』などと聞こえてくるあたり、多分絶句しているんだろう。ざまあみろだ。

 僕は、左手で携帯のマイク部分を塞ぎ、逆の手で寝ている里香の肩をゆすった。
「里香ー、起きろー」
「んーーー……」
 反応はあるが、なかなか起きない。なので、今度は頬をペチペチとやってみようと━━さっきの無念もかねて━━里香の顔に右手を近づけた。
 ふと、僕は思う。
 里香に初詣に行くか聞いたとして、里香はどっちを取るだろうか。
 ━━僕と一緒に里香の家か。
 ━━みんなと一緒に初詣か。
 どっちかと言うと初詣に行きたがるかも、と少し苦笑してしまう。まぁ、久々に司たちの顔も見れるだろうから、それも良いかな。


そうして、僕は里香の頬を軽く2度叩いた。

 ぷるんと弾ける里香の肌は、予想以上に滑らかで、弾力があった。できることなら、ずっと触っていたいけど、残念ながらそうもいかない。

「里香ーーー、起きろーー」

 勝手に起こしたからと不機嫌にならないよう、できるだけ優しく声をかける。
 
「……ぅ、ん……裕、一…?どうしたの?ふぁ……」
 
 眠気を引きずったままの里香の声に、不機嫌さは感じられない。良かった、と一安心。
 そして、いよいよ本題を入る。


「里香、あのさ…………」



 ━━その日の夜に浮かぶ月がどんな形だったのか、

 ━━僕は、知らない。



<了>

COMMENTS

GJ!
良い意味で裕一がヘタレで、健全なのが見ていて安心出来るSSでした。
里香のお母さんも良い人ですね。
また、裕一から見た里香の描写が上手かったと思います。
最後の二択については、『きっと里香ならみんなと一緒に初詣なんだろうな』という裕一の目からの予想も的確だと思いました。
次は、お花見シーズン用のSSでも期待して待っておりますw

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